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第241話 初旅6p
階段には木枠の付いた小さな四角い窓が並んでいて、明るい日の光が差し込んでくる。
窓の前を通るたびに、天谷は日の光の眩しさに目を細めた。
静まり返った旅館の中。
踏むごとにキィと音を鳴らす階段。
外から僅かに聞こえる蝉の鳴き声。
そのどれもが天谷には趣がある様に思える。
階段を上り切ると廊下がT字に分れていた。
先頭を行く着物の女性は左側の廊下を進む。
二人も後に続く。
ロビーと同じく、ほのかに明るい光が照らす廊下をいくつかの引き戸の部屋の前を過ぎて歩き、二人は一番奥の突き当りの部屋まで来た。
「こちら、茜の間が日下部様のお部屋で御座います」
着物の女性が手で部屋を示す。
部屋の戸の上に、木の板で、茜の間、と黒色の横文字で書かれているのを天谷は見た。
着物の女性が鍵を使い、戸を開けて、どうぞ、と言うと、日下部がまず部屋に入る。
天谷は日下部の後ろから部屋の中を覗いた。
部屋は入って直ぐが踏込になっていて、そこでスリッパを脱ぐ様になっていた。
部屋の中は目の前にある細い木が縦に並んだ格子が目隠しになっていて天谷には良よく見えなかった。
日下部がスリッパを脱いで格子の横から部屋の中に入って行く。
「天谷も早く来いよ」
日下部がそう言うので天谷は、「うん」と言ってから、踏込にスリッパを脱いで、日下部の分もスリッパを揃えて置くと部屋の中へ入った。
格子の横から入って直ぐに少し空いた空間があり、その空間の横の壁際に扉が一つあった。
その扉が気になった天谷は扉を開けてみる。
中はユニットバスだった。
中々広い。
(なるほど)
天谷は扉を閉めて、改めて部屋を眺める。
部屋は八畳の畳敷き。
床の間には、真、と一文字書かれた掛け軸と青い花器に白い花と白い枝を使った生け花があった。
部屋の真ん中にはピカピカに磨かれた座卓。
座卓を囲むのは青地に金色で折り鶴の絵の描かれた大き目の座布団の載った座椅子二脚。
踏込みを隠す格子の横の半分に押し入れ。
押し入れの空いた下のスペースに小さな冷蔵庫と金庫がある。
そして、入り口の正面には…………。
「お風呂だ」
天谷はポカンと口を開けた。
部屋には露天風呂があった。
掃き出し窓から長四角の檜の湯舟に竹の湯口から優雅に流れる湯と白い湯気が見える。
露天風呂の周りは黒い塀で囲まれていて外からは絶対に見えない。
外から見えないということは、この掃き出し窓からは中からも外の景色は見えないのだが、心配は無用だ。
外の景色は床の間とは対面にある広縁から覗ける。
(何この部屋。凄い豪華。日下部のやつ、めちゃくちゃ奮発したんじゃん。嬉しいけど、何だか悪いな。こりゃ、当分、日下部に頭が上がらないぜ)
今回の旅費は日下部が全額出している。
天谷は日下部の方を見て目を瞬かせた。
日下部は何食わぬ顔をしている。
(くそっ)
余裕そうな日下部に天谷はちょっぴり悔しい気持になる。
「お客様、お荷物、どちらに置きましょうか?」
声をかけられて着物の女性の存在を思い出した天谷。
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