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第242話 初旅7p

 天谷は辺りをキョロキョロと見た後、既に日下部の荷物が置かれている金庫の前を指さして「あ、じゃあそこに」と言った。 「かしこまりました」  着物の女性は日下部の荷物の側に天谷のリュックをそっと置く。  と、ノックの音がした。 「はい」と日下部が言うと、水色の着物に白い前掛け姿で白い髪を結い上げたお婆さんが「失礼いたします」と部屋に上がって来た。  彼女は二人の前で膝をついて、「わたくし、日下部様のお部屋の担当をさせて頂きます、中居の梅川ゆみ、と申します。本来ならお荷物もわたくしがお持ちしてお部屋までご案内させて頂くべきでしたが、何せこの歳。お許し下さいませ」そう丁寧に言って頭を下げた。  日下部が慌てて梅川に、「いえいえ、大丈夫です! よろしくお願いします!」と言う。  天谷も慌てて頭を下げる。  (随分お年寄りの中居さんだな)  梅川を見た正直な感想を心の中で漏らす天谷。 「では、わたくしはこれで」  そう言って荷物を持って来てくれた着物の女性が天谷と日下部に頭を下げて部屋から出て行った。 「お茶、入れましょうね」  中居の梅川が座卓に置いてある急須に茶筒から茶葉を入れて、電気ポットから急須にお湯を注ぐ。  天谷と日下部の二人は対面で座卓に座る。  お茶を蒸らしている間に梅川は、「どうぞ」と二人に茶菓子を進める。 「どうも」と日下部。  天谷はコクリと頭を下げた。  天谷が茶菓子の包みを開くと、貝の形をした最中が中に入っていた。  天谷は恐る恐る齧ってみる。  中身には黒餡の中に胡桃が混ざっていた。  甘いものが苦手な天谷だったが、これは程よい甘さで美味しく頂けた。  二人が茶菓子を食べているうちに梅川が湯呑にお茶を入れてくれた。  湯呑の中のお茶は綺麗な緑色をしていた。  日下部はお礼を言うとお茶を飲んだ。  天谷はやはり無言で頭を下げてお茶を飲む。 (あ、お茶、美味しい)  お茶の美味さに天谷は少し表情が緩む。 「お二人供、お友達同士でご旅行ですか?」  梅川がどちらともなく訊ねた。  二人は顔を見合せる。 (男同士だもんな。普通はそう思うよな)  そんな考えが天谷の頭を過る。 「まぁ、そんなようなものです」  日下部がそう答えた。 「そうですか。良いですねぇ。ごゆっくりしていって下さいませね。あっ、こちらがお部屋の鍵で御座います。本来ならフロントでお部屋担当の中居がお渡しするはずでしたが、わたくしがお出迎えに遅れまして。申し訳御座いません」  そう言って梅川が銀色に光る鍵を天谷に渡した。  天谷はその鍵を日下部に渡す。 「さっきの方が使っていた鍵は?」  日下部が訊ねると梅川は、「はぁ、マスターキーで御座いますね」と答える。 「なるほど」と日下部。 「本当、この歳になると、ご迷惑ばかりお掛けしちゃって。ここもよくわたくしを雇い続けてくれているものだと思いますわ」  梅川はそう言うが、天谷の目に仕事の出来そうなお婆さんに見える。  梅川は背筋がしっかりしていて彼女の立ち姿はとても美しかった。  ずっと優し気な笑顔を作っている梅川には好感が持てるし、それに、年を取っても働いている人を天谷は純粋に尊敬していた。 「迷惑なんて、そんなこと全然ないです」  ポツリと天谷がそう言う。

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