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第243話 初旅8p

 梅川は、ほほっ、と笑い、「ありがとうございます」と言った。  笑顔を向けられて何だか天谷は照れくさくて下を向く。  そんな天谷を梅川は微笑ましそうに見た。 「それで、お客様、お夕食のお時間ですが何時ごろにお部屋にお運び致しましょうか? 夜五時半から七時の間にお運び出来ますが」  梅川に言われて日下部が天谷に、「どうする?」と訊く。 「え、どうしよう」  訊かれても困る天谷だった。  何せ、これからの予定を知っているのは日下部だ。  何も知らない自分が決めるより日下部が決めた方が良いに決まってる、と天谷は思った。 「日下部が決めろよ」  天谷は言う。 「じゃあ、七時で」と日下部。 「かしこまりました。七時にお夕食で。お布団は何時に致しましょう? 夜九時までにご用意させて頂くことになっておりますが」  梅川の台詞に布団まで引いてくれるのか、と感心する天谷。 「布団は……九時にする?」  日下部が天谷に訊く。  天谷は少し考えて、「うん」と言う。 「じゃあ、九時でお願いします」  日下部がそう言うと梅川は、「かしこまりました。朝食は一階の食堂でビュッフェスタイルの物をご用意させて頂いております。こちらの食券をお使い下さい。時間は朝六時から十時までです」と言い、日下部に食券を二枚渡して腰を上げた。 「では、わたくしはこれで失礼致します。どうぞごゆっくり。あ、浴衣が押し入れの中にございますのでよろしければお使いくださいませ」  お辞儀をして立ち去ろうとする梅川を日下部が「待って下さい」と引き止める。 「はぁ、何か?」と梅川。  日下部は座椅子から立ち上がると自分のリュックを漁り、白い包み紙に包んだ物を梅川に渡す。 「これ、ほんの気持ちです。これからどうぞよろしくお願いします」  日下部がそう言うと梅川は、「まぁ」と言って、「お気持ち、ありがたく頂戴いたします」と腰を曲げて綺麗なお辞儀をした。 (ああ、心づけか)  天谷はそんな物忘れていた。 (日下部、本当、意外としっかりしてるよな。いや、自炊してるし、しっかりしてるよな、日下部は。それに比べて俺って……)  日下部と自分を比べて肩を落とす天谷。 「では、ごゆっくり」  そう言って部屋を出て行く梅川を日下部は戸口まで見送った。  人見知りの天谷は座卓に着いたまま去って行く梅川に頭を下げるだけで精一杯だった。 (俺って何か、本当、駄目かも)  天谷は小さくため息を付いた。  幸い、天谷のため息は日下部の耳には入らなかった。 「さてと、せっかくだから浴衣でも着るか」  明るい声で言いながら、日下部が押し入れを開けて浴衣を二枚出して来た。  柄は矢羽と餅つきをしている兎。  どちらも地色は藍色だ。  日下部は兎の方の浴衣を天谷に投げてよこす。  浴衣をキャッチして、何でこっち? と思う天谷。 「俺、浴衣着れ無いんだけど」  天谷の台詞に日下部が「俺が着せてやるよ」と言う。 「日下部、浴衣の着付け出来んの?」  天谷が訊くと「旅館の浴衣って簡単に着れるんだぜ」と日下部は言う。

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