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第9話
あれから黒石は、俺の家を出だっきり戻ってこなかった。会社も無断欠勤している。なんとか誤魔化して部長には言ってはいるが、そろそろタイムリミットだった。
黒石は、俺のいない間に荷物を取りに来ていて、使っていた部屋は元の使っていない部屋に戻っていた。
ついでに俺が散らかしっぱなしの部屋を片付けていくのは、放っておけないのか黒石っぽいなと思った。
あいつ…ほんま阿呆な……
部長に聞いた黒石が入る予定だった社宅を……そして今、目の前のチャイムを押した。二回、三回押したが応答がない。
「お~い、黒石いるんだろう。おまえの可愛い上司が来てやったぞ。お~い」
俺は、黒石の携帯へ電話をかけた。部屋の中で微かに聞こえた音が、中にいると確信した俺は玄関のドアを叩いた。
「いるやないか! 開けんか! クソガキ! 大事な話があんねんから!」
ドアが開き、いつも爽やかなイケメン黒石が、無惨な程ボロボロだった。
「うるさいな…開いてますよ」
「それはそれで不用心だなおい……っておまえらしくないやん。つーか酒臭っ!」
部屋の散らかり具合や髪のボサボサとか、改めて自分の状況に黒石が険しい顔をした。
「頑張ってたんですよ。あんたに好かれたくて…まさかここまでとか自分でも驚いてる」
テーブルに置かれた数本の空瓶や空き缶。琥珀色の酒が入ったグラスを取り、椅子に座った黒石が飲もとしたのを俺が後ろから止めた。
「もう、止め…そんなんに逃げたって体壊すだけや…部屋移るって三軒隣りやないか」
「うるさい…な…これが限界だったんだよ」
「おまえほんまに…可愛いな」
俺は、椅子に座っている黒石を後ろから抱き締めた。汗の匂いと酒の匂い微かにフレグランスの香りがする。
黒石だ……
「あんた何しに来たんだよ。同情ならいらない」
「おまえ、ちゃんと俺になんかゆーことないか?」
「……え?」
「言えや聞いたるから」
「本当…ムカつく!」
「早く言えって」
「クソ…篠原さん…あんたが好き…だ」
「うん、俺も色々考えたけど分からんかった…やけど、こうゆーの出来るくらいは好いてるで……」
俺は黒石の唇にキスをした。黒石は、驚いた顔をして両手で顔を隠した。
「何? 泣いてんの?」
「泣いて…ないです」
「この先の事も考えたんやけど…正直、よう分からんかった…から黒石が教えてや」
「あんた…本当バカ…でしょう」
「うん、今日は認める」
「篠原さん……」
「なんや…擽ったいって」
俺、本当にバカかもしれへん。
けど、こんなに想われて好きになるよ…生意気で仕方ない可愛いこいつを……
社内フロアに響くタイピングの音。俺は仏頂面で激しくパソコンのキーボードを指で打ち付けた。
「また、痴話喧嘩してんですか?」
「あ、木下…痴話喧嘩ってやだな。そうだ!得意先と打ち合わせがあったんだ。じゃそういうことで」
俺は、逃げるようにフロアを離れた。その後を黒石が追ってくる。
「待って下さいよ! 俺も一緒に行くとこでしょう!」
「顔腫れてんだから残れよ」
「これくらいだったらバレませんよ。大体、誰のせいだと思ってんの?」
「おまえが…痛いって言ってんのに…尻割れるかと思った」
「元から割れてますよ…だからって殴る事ないでしょう!」
「上手い事いいやがって…殴ったのは悪かった。ごめんごめんご」
「あんた謝る気ないよね?」
「なんなの? あの二人…本当に痴話喧嘩かしら?」
木下は首を傾げ、またパソコンの液晶画面を睨みキーボードを指で弾いた。
少しづつ…教えて君を……
少しづつでいい…好きになってよ…
あいつは生意気で可愛い新人。
貴方は俺の可愛い上司。
【完】
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