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第9話

「どうしよう……オレのせいで!」 佐島に目を向けると、諦めたような顔で、 「ああなっちまうと、誰も九十九は止められねえよ……」 そう力なく呟いた。 雪柊は佐島に支えられながら、九十九が走り去った方に向かった。五百メートル程歩くと大きく肩で息をする、ルシファーを背負う男の後ろ姿。 先程の五人が九十九の足元に倒れていた。 「九十九さん……」 雪柊と佐島が近付くと、九十九はその気配に気付き振り向いた。 その顔には、点々と返り血を顔に浴びていた。 九十九が大きく息を吐きながら雪柊に封筒を手渡した。 震える手でそれを受け取り、九十九さん……もう一度名前を呼んだ。 「どうするんだよ、九十九……やべーぞ」 「オレは……間違った事をしたと思ってねえよ!」 九十九もまずい事は重々承知しているのだろう。唇を噛み拳を強く握りしめている。 「オレが落とし前つける……直接、風間に話しつけてくる」 現、英信高校の頭に君臨している男の名を言う。 「悪いが、ゲン……雪柊、送ってやってくれ」 そう言うと再びバイクに乗ると、バイクをUターンさせ走り去って行った。 「あんな九十九、久しぶりに見たな……あいつは昔、キレると見境いなく暴れてよ、誰も手付けられなかった……でも、ルシファーの今の頭に出会って変わったんだけどな……」 たかが、中学生の自分ではどうする事も出来ない。歯痒さと悔しさを感じながら、自分に何かできる事はないか必死に考えたのだった。 次の日、九十九は学校を休んでいた。 九十九のクラスで佐島の姿を見つけると、駆け寄った。 「九十九さんは⁈」 「……」 佐島は目を伏る。 「昨日あの後……ルシファーの溜まり場のバーがあるんだけどよ、そこに九十九が来たらしい。理由は言わず、英信の奴とケンカしたって、それだけ言って頭下げて……一人で風間に話しつけるって。これから揉めるかもしれねーのに、理由を一切言わない九十九に副ヘッドの榊さんがキレて……ボコボコにされたってよ」 雪柊はその場に崩れ落ちた。 「理由オレから言おうとしたけど、絶対言うなって」 「な、なんで!」 「おめーを巻き込みたくなかったんだろ」 (ど、どうしよう……) 「おまえのせいじゃねーよ。自分の感情のコントロールができなかったあいつも悪い」 崩れ落ち座り込んでいる雪柊の肩を佐島は叩くと、もう忘れろ、そう一言呟いた。 九十九は三日間学校を休む羽目になった。 副ヘッドの榊にボコボコにされ、体が動かず言う事をきいてくれなかった。 風間の所に行こうにも、ボロボロの体では無理だった。 不気味な程、誰からも連絡がなかった。 佐島にメールをしても、何も変わった事は起きていないと返事がきた。 (そんな訳あるかよ……!) その日の夕方、ルシファーの頭である西条忍から呼び出しがありルシファーの溜まり場である、バー・ブラックキャットに顔をだした。 もしかしたら、破門を告げられるかもしれない。 その覚悟でルシファーのライダースは着ていかなかった。 ルシファーと英信高校は同盟を組んでいた。 ルシファーは元々、県内最大のチーム『Nero Angelo 黒き天使』から分裂してできたチームだった。 数年前、黒き天使と英信高校を中心に周囲の暴走族や高校を巻き込んだ大抗争があった。その時の抗争で、黒き天使のやり方に疑問を持った数名が、黒き天使を脱退。その脱退したメンバーで結成されたのが、ルシファーだった。 初代メンバーに、当時英信高校の頭を張っていた者がいた事から、ルシファーと英信高校は同盟を組む事になった。 だがそこは、荒くれ者が揃う、ルシファーと英信高校である。 穏やかに『同盟』というのは難しく、常に一触即発の雰囲気があった。 そこに今回の九十九の件。 英信側が黙っているとは、九十九には思えなかった。 扉を開けると、カウンターに男が一人座っていた。 髪を無造作に一つに結い、童顔のその顔からは想像はつかないが、見事この荒くれ者が集うルシファーを纏めている男、西条忍が顔を九十九に向けた。 「よう、九十九、怪我の具合はどうだ?」 「……もう大丈夫です」 「榊もやりたくてやった訳じゃねー」 「わかってます」 「まあ、座れ」 そう言って隣を指差す。 「失礼します……」 ボックス席には、忍のいつも側にいる一卵性の双子の綱川兄弟が向かい合って座っていた。 「この前の英信とのことだけどよ……もう、解決したからよ」 「え?」 その言葉に九十九は自分の耳を疑う。 「おまえ、いい弟分いるじゃねーか」 忍に腕を軽く叩かれる。 「一昨日、雪柊だっけ?あいつがここに来たんだよ」 「雪柊が⁈」 忍の話によると、一昨日雪柊が一人でここに訪れたらしい。 そして、忍に土下座をし、九十九は自分の為にやったことであり、ルシファーを辞めさせたりしないで欲しい事と英信と戦争しないで欲しいと頭を下げてきたという。 「この前までは小学生だったガキのくせに、随分と根性座ってるじゃねーか」 忍は雪柊の姿を思い出したのか、声を上げて笑った。 「オレもきっと……おまえと同じ事してたと思うよ。中学生相手に五人掛かりでケンカして金巻き上げるなんて、ゴミやろーだぜ。許せねーよ」 だからよ……そう言葉を続けて、 「オレと雪柊で風間んとこ行って、落とし前つけてきたぜ」 忍は場の空気に合わないウインクを九十九にした。九十九の空いた口は塞がらなかった。 「おいおい……なんて顔してんだよ。イケメン台無しだぞ」 そう言って、バンバンと肩を叩かれる。 「で……どうなったんすか?」 「それまで風間もまぁ、いい気分ではなかったわな。理由話したらすぐその五人連れてきて……」 ゴクリと唾を飲む。 「風間の鉄拳で、五人共病院行っちゃった」 満面の笑みを忍は浮かべ再びウインクをした。 「だから、この事はもう終わりだ」 そう言って忍は九十九の肩に手を置いた。 九十九は椅子から降りると、両手を膝に置き頭を下げる。 「あ、ありがとうこざいます!」 「礼ならあのチビ助に言うんだな」 「……はい」 雪柊の顔が浮かぶと、目頭が熱くなった。 「あのチビ助は何代目になるかな?」 「は?」 忍は指を折りながら何やら数えている。 「オレが二だから……五か……六ってとこ?」 一瞬なんの話しをしているのか理解できなかった。 「なんの話し……してるんですか?」 「だって、あのチビ助入るでしょ?うちに」 当然のように忍は言い放ち、九十九は唖然とする。 「雪柊は……まだ、中一ですよ!」 「だーかーら!あと二年?しっかり教育しとけよ!」 そうじゃない……。 忍はもう雪柊がルシファーに入ると決めつけているようだった。確かに雪柊はルシファーに憧れていて、入りたがっているのは間違いない。だが、二〜三年後ルシファーに入るとは限らない。 (まぁ……喜んで入るだろうけど) この事は雪柊には秘密にしておく事にする。浮かれて自分を見失ってしまうような気がしたからだ。 自分が目を掛けている弟分が、この西条忍のお眼鏡に止まった事には九十九は嬉しく思った。

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