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第32話

九十九は雪柊が帰ると、コーヒーとタバコを片手に読みかけの小説を読んでいた。 気付けばもう九時を過ぎている。 隣の部屋の一はまだ帰宅しておらず、どうせ、結弦の家にでも行っているのだろうと思った。 静かな夜だった。 その時、携帯が鳴った。着信を見ると、雪柊といるはずの久我からで、少し嫌な感じがした。 「はい」 「九十九さん!大変です!雪柊が……!」 久我の涙声とも取れる焦った声が電話越しに聞こえた。 「どうした!雪柊がどうしたんだ!」 「事故って……今、救急車で……!」 九十九は携帯を落としていた。 目の前が真っ暗になる。 落ちた携帯から、もしもし⁈九十九さん⁉︎と、久我が自分を呼ぶ声が遠くから聞こえた。 久我から雪柊が搬送された病院を聞くと、すぐに九十九は向かった。 町で一番大きい病院に雪柊は運ばれたという。意識がなく、危険な状態だと久我が言っていた。 この目で見るまでは信じられるわけがない。 さっきまで自分の腕の中にいた雪柊が、何かの間違いなのだと思いたかった。 救急の入り口にバイクを止め、中に入る。 診察時間を終えている病院は静まり返り、九十九のブーツの音が廊下に不気味に響いた。 案内図で外科の手術室を確認し向かうが、途中足が動かず止まってしまう。 ドクンッドクンッと自分の心臓の音が酷く煩い。大きく一つ深呼吸し、重い足を動かした。 長椅子に項垂れた姿の久我の姿が見え、 「久我……」 そう声をかけると、久我はハッとしたように九十九に目を向けた。 久我も転んだのか、顔に擦り傷があった。 「九十九……さん……」 九十九の顔を見た久我は、顔をくしゃりとすると泣き出した。 九十九は久我の肩に手を置き、 「で……雪柊は?」 「今、手術してて……体かなり強く打ったみたいで……今日はメット被ってたから、頭のダメージはある程度避けれたと思うんですけど……」 帰り際、九十九が言った事を雪柊は律儀に守ったのだろう。 「おふくろさんに連絡は?」 「しました……今、向かってるはずです」 九十九は久我の横に腰を下ろした。 久我が言うには、自分と雪柊が右折しようとした時、右折専用の信号が青になったので右折した。その時、信号無視した直進の車が雪柊に突っ込み雪柊を撥ねた。その車も電柱に激突。その運転手も病院に運ばれたという。 久我も驚いた拍子に転び、軽い怪我を負った。周囲の車を巻き込み、道路が通行止めになる程、大きい事故だったと久我は言った。 九十九と久我はしばらく長椅子に項垂れるように、手術が終わるのをじっと待った。 久我は鼻をすすり、ずっと泣いているようだった。 悪夢なら早く覚めてほしいと思った。雪柊との事をハッキリさせない自分への罰でこんな夢を見させているなら、早く覚めてほしいと。 悪かった、分かったから、オレは雪柊を失いたくない、だから早く夢なら覚めてくれ、と。 少しすると、雪柊の母親と姉の春香が慌てた様子で現れた。 「村上くん……なんで、こんな……」 母親は信じられない様子で、九十九の腕を掴み崩れ落ちた。姉の春香は雪柊とよく似た目を潤ませている。九十九は雪柊の母親を抱き起こし、椅子に座らせた。 その時、手術中のランプが消えた。 雪柊を乗せたタンカが看護師によって押されて出てくる。 そこには、血の気のない顔をした雪柊が横たわっていた。口には酸素マスクがあてがわれている。 雪柊のその姿を見た九十九は駆け寄る事も出来ず、その場で立ち尽くした。 「雪柊!」 母親と姉の春香はタンカに駆け寄るが、九十九と久我はそれを遠目で見る事しか出来なかった。 「お母さんですか?」 手術を行った医師が母親に声をかける。 「は、はい……雪柊は⁈大丈夫なんですか⁈」 「手術自体は大丈夫です。あとは目を覚ますのを待つだけです……」 医師は言いにくそうに言葉を切ると、 「いつ覚めるのかは……わかりません」 ガンッと九十九の頭は何かで殴られたような衝撃と共に、目の前が暗くなった。

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