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第35話

その日、三時に一を学校に迎えに行く事になっていた。 校門に着きバイクを止めて校舎を見上げると、懐かしさが込み上げてくる。 そして、浮かぶのは雪柊と過ごした日々。 初対面で自分にタイマンを申し込んできた、生意気な新入生。 それから、雪柊を弟のように可愛がっていたが、心のどこかで雪柊を別の目で見ていた。 きっと、保健室で雪柊にキスをした時から、ただの後輩という枠は超えていたのかもしれない。 それを誤魔化すように、女を手当たり次第に貪った。気付けばいつも、黒髪と白い肌の女を選んでいた。 今思えば、どこかで雪柊の面影を追っていたのだと思う。 だが、雪柊の代わりになる女などいなかった。 出会った時から雪柊がいて当たり前で、どんな事があっても雪柊は自分の前からいなくなるなる事はない、そう心のどこかで勝手に決めつけていた。 結局、こんなにも愛しくて、こんなにも失いたくないと思ったのは雪柊ただ一人だったのだと、こんな事になって気付かされた。 「アニキ……」 気付くと目の前に一と結弦がいた。 「嘘ですよね……雪柊さんが事故だなんて……」 結弦も信じられない面持ちで、九十九を見つめている。九十九は力なく首を横に振り、 「まだ、意識は戻らない」 そう言うと、力なく結弦は目を伏せた。 「結弦も学校終わったら来るって」 「そうか……」 一にヘルメットを渡し、自分も被る。 そして、エンジンをかけるとギアを入れ走り出した。 チラリと横目で校舎を見ると、教室のベランダにずらりと生徒たちが並び、自分を見ていて思わずギョッとした。 病院に着き病室の扉の前で足を止める。 一を見ると小刻みに震えていた。 ノックをしてみる。ちょうど今は誰もいないのか返事がなかった。スライド式の扉を開ける。そこには昨日と変わりない、雪柊が横たわっていた。 「雪柊のアニキ……」 中に入る事が出来ないのか、廊下に一は立ち尽くしている。やっと一歩、中に入りベッドに駆け寄る。 「雪柊のアニキ……?」 一はベッドサイドに膝を着き、また、雪柊を呼んだ。 反応はなかった。 相変わらず口には酸素マスクが付いていて、体の至るところから管が出ていた。 「今すぐ目を覚ますかもしれないけど、いつ覚めるかははわからない……」 九十九がそう言うと一は、うわーっ!と、声を上げて泣き、雪柊に掛けられている布団に顔を埋めた。 九十九は一の肩を抱き、落ち着かせるようにベッドから一を離す。椅子に座らせ、一の頭を自分の胸元に引き寄せ抱えた。九十九の制服のシャツが一の涙で濡れてシミを作る。 その後、結弦も現れ雪柊の姿を見ると、一とは違い声を出さず静かに泣いていた。 二人は廊下の長椅子に座り、手を握り合い寄り添うようにしていた。 扉を閉めて、雪柊と二人きりになる。 「雪柊……まだ、起きないのか?」 雪柊の手を握り指先に唇を寄せ、額にもキスを落とす。 「雪柊……」 顔を撫でては、何度も名前を呼ぶ。 その日も雪柊は目を覚まさなかった。 毎日九十九は雪柊の元へ通った。 少し安定したのか入院して三日後には一般病棟の個室に移された。 酸素マスクも取られたが、痛々しく体からは別の管がいくつも出ているのは変わらなかった。 植物状態というわけではないと聞き安堵はした。ただ眠っている状態なんだと、春香は言っていた。 ルシファーの面々も毎日誰かしらが顔を出していた。 その日は扉の外からも声が漏れ、少し騒がしい。 ドアを開けると、久我に天音、佐島にナッツこと金森夏生とルシファーの特に煩い男たちが揃っていた。 「あまり煩くするな」 九十九は中に入ると呆れたように言った。 「でも、呼びかけてあげて、っておふくろさんに言われたんですよ」 天音が言った。 「先生が言ってたって。刺激されるから、たくさん話しかけてあげてってよ」 佐島が雪柊に視線を向ける。 「さっき、少し笑ったんだよな?」 夏生が嬉しそうに言うと、佐島たちを見る。 「そうそう、ナッツさんのいつものくだらない話ししてたら、少し笑ったんですよ」 「ホントか?」 九十九が目を丸くする。 「くだらないってなんだよ!」 そう言って天音の頭を叩いた。 「いたっ!だって、くだらな過ぎてしょ。聞いて下さいよ、九十九さん。ナッツさん、バイト先の店長に、だからおまえ女にモテないだよ、って言われて、ムカついてキレて、ジャーマンスープレックス決めたんですよ。で、クビだって」 「デブの薄らハゲ言われたくねーわ!そんなヤツに言われたオレの惨めな気持ちわかるか?」 はあーっとため息をつき夏生が言うと、思わず九十九も声を出して笑ってしまった。 「そりゃ、終わったな、ナッツ」 久我たちもその惨めな夏生を見て、再び笑っている。 「あ、ほら!また、雪柊笑ってる」 久我が言われ、雪柊を見る。 確かに雪柊の口角が上がり、薄っすらと笑っているように見えた。 「早く起きろよ、雪柊。また、皆んなでバカ騒ぎしようぜ」 夏生が言うと、 「そうだよ、いつもみたいにおまえの毒舌聞かせてくれよ」 そう久我が祈るように、胸の前に手を合わせた。

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