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第36話

そして、事故から一週間が過ぎたが、雪柊は目を覚ます事がなかった。 ふと、このまま一生目を覚まさないのではないかと不安になり、九十九は殆ど眠る事が出来ずにいた。 九十九は一日足りとも病院に行かない日はなかった。時には春香に頼まれ体を拭いてやる日もあり、雪柊に言った時の恥ずかしがる姿が想像できた。 元々細かった雪柊の身体は更に細くなってしまっていた。事故を起こして栄養は点滴だけで、当然の事だったが酷く九十九を落ち込ませた。 その日、九十九はいつものように病室にいた。今日は雪柊と二人きりだ。 九十九はベッドの端に腰をかけると、制服のポケットから黒いリングケースを取り出した。 蓋を開け指輪を取り出す。 その指輪はシルバーの比較的シンプルなデザイン。普段、自分も雪柊もごつめのデザインを好んで付けていたが、今回は特別な意味合いをもつ指輪なだけにシンプルな物を選び、指輪の内側には自分の名前と雪柊の名前を刻んだ。 それを、そっと雪柊の左手を取ると薬指に指輪を嵌めた。 そして、その指輪にキスを落とす。 痩せてしまった為少し緩い気もしたが、目を覚ました時、また前の体型に戻ればきっとピッタリのはずだ。 自分の右の薬指にも同じ指輪が光る。 九十九は椅子に座り、その左手を両手で握る。 「おまえが目を覚ましてからと思ったけど、もう待ってられねーよ」 握った雪柊の指輪の嵌った手を自分の頬に当てる。 「愛してる、雪柊……愛してる……気付くのが……いや、言うのが遅くなってすまねぇ」 雪柊の手を握りそう伝えると雪柊の瞼が少し震えた。 「雪柊、これから二人で生きて行こう。死ぬまで一緒にいてくれないか?」 そう問いかけても返事がなかった。 仕方ないとは言え九十九は肩を落とし、軽くため息をついた。 「…………」 その時、掠れたような呟くような声が九十九は聞こえた気がした。 雪柊を見る。僅かに唇が動いている。 「雪柊⁈」 九十九は雪柊の口元に耳を寄せた。 「愛……し……てる……」 そう掠れた、掻き消されそうな声が漏れる。雪柊の顔を見る。 ずっと閉じられていた目がゆっくりと開いた。 「愛し……る……くも……さ……」 「雪柊!」 雪柊が目を開けた。 薄っすらと見えた瞳は間違いなく、自分に向けられている。 「わかるか⁈オレがわかるか⁈」 手を握り雪柊が再び目を閉じないように、必死に呼びかけた。 ゆっくりと首が動く。 雪柊が目を覚ました、そう分かると九十九の目からは知らないうちに涙が零れ、その涙が雪柊の顔に落ちる。 握られた手は、力なく頼りないが、雪柊が握り返しているのを感じた。 九十九はハッとし、枕元にあるナースコールを押した。 「どうしました⁈」 すぐ看護師の慌てた声が聞こえた。 「雪柊が……!起きたんです!早く来て下さい!」 「すぐ行きます!」 バタバタと慌ただしく、医師と看護師が病室に入ってくる。 名残り惜しく雪柊の手を離すが、雪柊は薄っすらと開いた目で九十九を目で追っている。 「白石さーん!わかりますか⁈」 医師が雪柊に呼びかけている。 九十九は後ろ向きで病室を出ると、ドサッと長椅子に力なく腰を下ろした。 早く皆んな連絡しないと、そう思い携帯を出すが、手が震えていて上手く操作ができない。 震える手で、まず姉の春香に電話をする。 雪柊が目を覚ました、そう伝えると、ホントなの⁉︎信じられない様子でそう言うと、声を上げて泣いていた。 ルシファーの面々には、メールの一斉送信で伝えた。それから、ずっと九十九のメールは鳴り続けた。来ようとしている者もいたが、今は目を覚ましたばかりだから後にしろ、と伝える。 最後に一にもメールをしてやる。 そうして一旦携帯をしまうと、九十九はしばらく呆然としていた。 もう、きっと大丈夫だ、そう思うと涙は止まる事がなかった。

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