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第37話
二十分程で雪柊の母親と春香が駆けつけ、まだ、慌ただしい病室に入って行った。
中から、雪柊!そう涙声で名を呼ぶ声が聞こえた。
少し落ち着いた頃、春香が病室から出てくると九十九の横に腰を下ろした。目が真っ赤だった。
「もう、大丈夫」
春香は雪柊と同じ笑みを浮かべ、九十九に言った。
「お母さんの事も私の事も分かってた。あなたの事、呼んでるから行ってあげて」
九十九は病室に入り担当医に、
「あまり、無理はさせないでね」
そう言われ九十九は頷く。
母親が病室から出て行く担当医と看護師を廊下まで見送り頭を下げている。
「雪柊……」
ゆっくりと雪柊の目がこちらに向けられる。そして、本当に目を覚ましたのだと実感する。
力なく左手が上がり、その手を九十九は握る。
「ゆ、び……わ……あん……たが……?」
必死に絞り出しように声を出す。
九十九は頷き、ベッドの横に膝をつき薬指に嵌められている指輪にキスを落とした。
「ああ……オレの傍にずっといてくれ……」
もう一度そう雪柊に言う。
雪柊は九十九の薬指に嵌められている指輪をそっと撫でた。同じ物である事が分かるように、九十九は指輪を並べて見せる。
雪柊は瞼を閉じると頬にはスッと涙の筋ができ、ゆっくりと頷いた。
「あん……たと、生…きて、行き…たい……」
話すのが辛そうに一度、唾を飲み込む為大きく喉が動いた。
「愛してる、雪柊……」
その言葉を聞いた雪柊はハタハタと涙を零す。
綺麗な泣き顔だと思った。
その涙を九十九は愛おしそうに拭い、もう休め、そう言って握っていた手を離し、布団にその手を入れた。
「また、明日来るから」
軽く布団を叩くと、雪柊はその言葉に安心したように、目を閉じた。
しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきた。正直、このまま眠ってしまうと、また目を覚まさないのではないかと不安にもなった。
廊下に出ると、春香が長椅子に座っていた。母親の姿は見えなかった。
「あの……」
春香の前に立つと、九十九は声をかけた。春香は目を上げる。
「雪柊は?」
「今、寝ました」
「そう……」
少し間を置き、九十九は、
「これからオレは雪柊と生きて行きます」
春香にそう宣言した。
少し春香は目を丸くしたが、
「そう……」
と、さほど驚いた様子はなかった。
「仲間としてじゃなくて……!」
「分かってるわよ」
「え?」
九十九は目を見開いて春香を見た。
「雪柊、見てれば分かるわよ、あの子があなたを特別な目で見てたのは。背中にあんなタトゥーまで入れちゃって……あの子がそれを幸せだと思うなら、反対する理由はないわ」
「いいん、ですか……?」
「あたしはいいと思うけど?別に同性愛に偏見ないし」
軽く笑みを浮かべている。
「ただ、お母さんにはまだ、言わない方がいいかもね、さすがに刺激が強過ぎるかな」
そう、悪戯っぽい顔を九十九に向けた。
「オレは、同性愛者じゃありません。オレは、白石雪柊を愛してるんです」
「そういう言葉は、本人に言ってもらえる?聞いてるこっちが恥ずかしいから」
春香は自分が告白されたような気持ちになり、顔を赤くしている。
「もう、言いました」
「あ、そう」
居たたまれなくなった春香は立ち上がると、
「雪柊の事、泣かしたら許さないからね」
そう、九十九の肩を叩くと雪柊が眠る病室に入って行った。
九十九はその背中に深く頭を下げた。
今日はもう帰ろうと、出口に向かった。途中母親と行き合い、挨拶する。
病院の出口を出ると、玄龍と行き合った。
「なんだ、帰るのか?」
「ああ、今、眠ったから」
「そうか」
玄龍は雪柊に会うのをやめたようだった。
九十九と玄龍は並んで歩く。
「良かったな、目覚まして」
玄龍がそう言うと、
「ああ……ホントに良かった」
駐輪場に着き、二人はタバコに火を付けた。
「怖かった……雪柊がこのまま目を覚まさなかったらどうしようって、毎日考えて……眠れなかった」
九十九の目の下には、目で分かるほどの隈ができていた。
「ここから、また九十九と雪柊は始まるんだな」
玄龍の言葉が九十九の心にストンと落ちた気がした。
「オレも……」
玄龍がポツリとそう呟いた。後の言葉を待ったが、玄龍はその後の言葉は飲み込んでしまったようだった。
きっと問いただしてもこの玄龍の事だ。自分から話そうとする意思がない限り、話す事はないだろうと、九十九は尋ねる事はしなかった。
きっとそのうち、話してくれる日が来るだろうと。
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