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雄の虎獣人(義理の息子)×料亭の女将(男だけど義理の母)
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冬の夜風は身にしみる。
既に料亭内は室内の灯りをほとんど落としており、廊下に規則的に置かれてある行灯の僅かな光が辺りをぼんやりと照らしているだけとなった。
それは、目の前に広がっている外の世界とて同じこと。
数時間前までは、多数の老若男女や様々な種族の獣人達が往来していた《繁華街》の彩飾桃燈の炎も今は消されていて、昼間は賑わいを見せる外の世界を埋めつくしてしまうほどの膨大な闇と静寂が包んでしまっている。
耳を澄ましてみても虫の音すら聞こえてこないが、夜風が吹きすさぶ外の世界は昼間慌ただしく料亭内を駆け回る馨にとって少し落ち着きを取り戻せる場所だと感じてしまう。
そもそも、馨は他人と関わるのが子どもの頃からあまり得意ではない。
今は、この世にいない夫____。
世間からの評価ばかりを気にして、実の息子であるセツに対して冷たかった彼だが、それでも悪いところばかりではなかった。
他人と関わるのが苦手で引っ込み思案な馨を無下にすることなく受け入れてくれて、この料亭の跡取りであった彼は様々なことを手取り足取り教えてくれた。
ふと、瞼を閉じた馨は夫を失った時のことを思い出す。
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夫は日頃から溜まった疲れをとるという理由で訪れた旅行先の崖から落ちてしまい、病院に運ばれる間もなく命を失った。
その知らせを聞いた雪はあまり泣かなかったけれども、馨は気を失ってしまうくらいに衝撃を受けたのだった。
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過去の思い出に引き込まれていた馨だったが、ふいに現在へと戻されてしまう。
とはいえ、それは【玄関先の掃除を早く済ませなければ】という極めて冷静かつ機械的な思考を抱いたせいであり、馨が慣れた手つきで箒を動かすのを止めたのは普段とは違うことが起きていたのに気がついたからだ。
普段であれば、料亭内で働いている従業員達は人間も獣人も既に寝静まっていて、夢の世界へと誘われている時刻だ。
少なくとも、この真夜中ともいえる《龍弐時》に料亭の外へ出歩き散歩している者など今まで見たことがない。
それもその筈で、従業員には日頃から『真夜中は料亭から出ては駄目だ』と口酸っぱく説教している。真夜中の繁華街は行き交う人々がまばらとはいえ、だからこそ、どんな危険なことが起こるのか分からないという危険があるのだ。
通行人らの《盗み》や《口喧嘩》などは、まだ軽い方で、最悪の場合は《人身売買するための誘拐》までもが起こってしまう可能性がある。
幸いにも、従業員達はほとんどが素直に聞き入れてくれたため、普段は真夜中になると玄関から見える中庭には誰もいない筈だ。
けれど、今は違う。
暗いせいで、すぐには分からなかったものの徐々に目が慣れていくと、綿菓子のように真っ白な雪が積もっている椿の木の側で誰かが身を屈めていることに気がついた。
暗いせいもあり、すぐには人間なのか獣人なのか別の動物なのか明確には分からなかったが、足音を立てないようにぎりぎりの場所まで近づいて、ようやくその正体が判明した。
びくり、と体を震わせて息を呑み慌てて足を止めた。
そのせいで、危うく手に持っている桃燈を落としてしまいそうになったけれども、何とかそれは阻止できたため安堵しつつ目線のみを身を屈めている物体へと向けた。
白い毛並みを夜風になびかせながら義理の息子のセツが身を屈め真下を向きながら何かをしているのが見えた。
その後しばらくの間、注意深く観察している内にセツが声すら出せないくらいに弱っている小鳥を何とか救おうとしているようだということに気がついた。
本当はすぐにでもセツの側に近寄っていき、共に弱っている小鳥を助けるのを手伝いと思った。
けれど、臆病者で現実から逃れ続けている卑怯な馨はどうしても義理の息子である彼の元に歩み寄ることさえ出来ない。
出来ないというよりも、セツから拒絶されることを必要以上に恐れてしまい、自分から歩み寄ることを恐れてしまっている――と充分に分かりきってはいる。
しかしながら、分かりきっているからこそ中々歩み寄ることができないという負の連鎖に陥ってしまっているのだ。
(こんな関係は良くないと分かっている……なのに、あの子の私に向けられる冷たい目が――怖い……怖くて堪らない……あの子は弱っている小鳥を見捨てようとせずに必死で助けようとしている優しい子なのに……血の繋がりがないとはいえ子に対してどう接すればいいのか分からないなんて、私は母として失格なのかもしれない……)
そんなことを思い悩んでいると、ふいにセツの側にある草むらがガサッという音を立てて揺れ動いた。
その後、特に何の異変もなかったのだけれどもそのせいでセツは慌てて立ち上がると、そのまま弱った小鳥を抱えつつ何処かへと去って行ってしまったのだった。
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