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雄の虎獣人(義理の息子)×料亭の女将(男だけど義理の母)

* それから数日経った夕方のこと____。 乞い之鯉料亭を取り纏める女将の馨にとって、とても大きな問題が発生してしまった。 「琉奈くんが……体調不良不良で来られない?」 「そ、そうなんですよ……まあ、おそらくは風邪みたいなので、そこまで心配はないと思うんですけど……でも、重大な問題があって。その……今宵、琉奈指名でご予約が入っているのが常連客かつ最上客である秀多院の翁のご子息なんです。とはいえ、今宵はご予約が満杯でして代わりの相手をする瓜子がいないのですが――女将さん、如何しましょう?」 瓜子とは、客へ身を売る従業員の総称であり体調不良のため休むと連絡してきた兎獣人の【琉奈】は、呼称は違えど、いわゆる男娼である瓜子の中でも一位か二位を争うくらいの売れっ子だ。 そして、そんな琉奈を毎度のように指名してくる最上客は、この《乞い之鯉料亭》へ金の援助をしてくれ、尚且つ齢六十五を迎えたばかりの【秀多院 大晴 (翁)】の子息である【秀多院 小雨 】なのだ。 【秀多院 小雨 】という客は厄介な存在で、色好きかつ直ぐに癇癪を起こすという粗暴な男であるため、馨は血の気が引き真っ青になりながら今後の対処法を精一杯頭の中で考える。 どんなに熱心に対処法を考えてみても中々良い案が浮かばない。 非番である他の瓜子達に頼み込もうと考えた。 だが、すぐに不安がよぎる。 ただでさえ普段から無理をさせてしまっているため、その選択肢は切り捨てざるを得ないと馨は目を伏せつつ思った。 従業員達にあまり無理をさせてしまっては、後々の《乞い之鯉料亭》の経営に支障が出るかもしれないし、何よりも日々の身売り仕事で心身共に疲弊しきっている瓜子達の負担にもなる。 かといって、最上客であり――ましてや金銭的に支援してくれている【秀多院一族】を無下に扱う訳にはいかない。 たとえ、どんなに横暴かつ料亭内で瓜子達へ無茶苦茶な要望をつきつけるという好き勝手し放題の【秀多院 氷雨】という男に個人的に嫌悪感を抱いている。 しかし、だからといって《乞い之鯉料亭》と、それを支えてくれている従業員達を守るためにも「瓜子の琉奈及び他にお相手する者がいないので、このままお引き取り下さい」などとは上の立場である彼には口が裂けても言えやしないのだ。 幸い、馨は【秀多院 氷雨】という男のお眼鏡にかなっている。 そうとなれば、これしか方法がない――と、ようやく決心した馨は伏せていた目をそっと開くと、目の前で困った顔をしている瓜子達の纏め役である灰色兎の獣人の砂月へと穏やかに微笑みかける。 此方に対して言いたい言葉を無理に呑み込んで遠慮がちに目線を下へ逸らしかけている砂月をどうにかして安心させようとしたためだ。 「女将さん……もしかして____」 勘がよく観察力に優れるがゆえに瓜子の纏め役として抜擢した砂月に嘘や誤魔化しは効きそうにない。 ふう、と――ため息をひとつついた。 「____仕方がないのです。砂月……あなたは賢いからもう分かってはいると思いますけど……今宵は、琉奈の代わりに僕が瓜子として秀多院家のご子息のお相手をします。むろん、休憩時間はなくなりますが……それくらいの辛抱ならば全然構いませんから。そんな顔をしないでください」 「で、ですが……もしも万が一のことがあったら――如何するのです?オレは、あのニンゲンから……酷い注文を受けて泣かされてきた仲間を大勢目にしてきました。こんなこと言いたくないですけど、オレはあのニンゲンの男が大嫌いです。金を沢山この料亭に落としてくれる最上客の一人だから目を瞑ってるだけで――あんな奴は地獄に落ちろとさえ感じます」 ぱしっ____ 乾いた音が、人通りも少ない廊下に響いた。 馨が、砂月の頬を叩いた音だ。 「砂月――いくら此方側に事情があっても、お客様のことをそんな悪くいうものではありません。あなたは心の優しい子ですが、お客様にもこの乞い之鯉料亭に足しげく通って下さる深い事情があるのです。勿論、秀多院のご子息に非がないとは言わないし庇うつもりもありません。とはいえ、此方側の目線だけでお客様の心の内を図ろうとするのは止めなさい。ですが、これだけは言っておきます」 僅かに赤くなった頬を抑えながら、目に涙を溜める砂月と目線を合わせる。 「僕のことを気にかけてくれて、ありがとう。僕は大丈夫だから、あなたはあなたの仕事をしっかりと執り行ってくださいね」 砂月は少しの間、それでも納得がいかないといわんばかりに目に涙を溜めていた。 しかし、 「分かりました。俺も、少し言い過ぎました。自分の仕事に戻ります。それと、くれぐれもお気をつけて……っ____」 と、砂月が身を翻して自分の持ち場に戻ろうとした時のことだ。 廊下の奥から現れた人物と急いで駆け出していた砂月が、激しくぶつかり合ってしまい、尻もちをついたため慌てて近づいたのだった。 *

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