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第4話
俺はもう少し菜生といたくて、
「じゃあー、卒業旅行で九州に行こう?」
一か八かの我儘を言ってみた。
「また、オマエは唐突だな」
ハーッとため息をついた菜生。
「やっと受験から解放されたんだし。俺、前から菜生の田舎に行ってみたかったんだよね!」
自分のことをあまり話さない菜生だが、一度だけ、九州の田舎の話をしたことがあった。
バスも電車も1時間に1本、あるかないか。
近くのコンビニまでは車で20分。
便利なモノは何にもないが、山と川があって、それだけで十分だった。
そう懐かしそうに話した菜生の顔は、優しい笑顔だったが、どこか憂いを帯びていた。
その顔が忘れられず、いつか菜生と一緒に、菜生の故郷に行ってみたいと思っていた。
「ただでさえ引っ越しすんのに、そんな金はない!」
が、俺の我儘は、きっぱり却下された。
「でも菜生、こっちに来てから、実家に一回も帰ってないんだろ?たまには両親に元気な顔見せてやりなさい!」
「誰目線だよ。大体、俺んとこは、オマエんとこみたいに友達親子じゃねーんだよ」
菜生は両腕を組み、うんざり顔でそっぽを向く。
「あ、もしかして、いまだに思春期拗らせ中?」
「ちげーわ。ったく、マジ卒業旅行はなしな」
「えー、行きたい行きたい!!」
全く聞く耳持たずな菜生に、俺はワザと足をバタつかせ駄々をこねる。
「子どもかっ!……ホント、典型的な一人っ子だな」
そう言った菜生は、そっぽを向いていた顔を俺に向け、ゆっくりと近づいてきた。
そして首を少し傾け、おもむろに屈 むと、
「!?」
馴染みのある柔らかい感触が、俺の唇にしっかりと伝わった。
「これで我慢して、圭」
少しだけ口角を上げた菜生。
眼鏡の奥の、濡羽色の瞳が、円 やかに動く。
「……ここ、外」
「誰もいねーよ」
クスッと、いたずらっ子のように笑った菜生。
そんな菜生に、今度は俺がそっぽを向いた。
普段はイチャつこうとすると煙たがるのに、こういう時だけ甘く俺を転がす。
「……菜生、ズルい」
でも、嫌いじゃない。
「それじゃあ、圭の機嫌が直ったところで。今度こそ帰るぞ」
「んー」
俺は、両膝に手をついて、勢いよく立ち上がる。
寮は俺の家と反対方向。
今日はここで菜生とお別れ。
「じゃあな」
いつもはさっさと帰る菜生なのに。
今日は俺がごねたせいか、しっかり俺の方を向いている。
「うん。また連絡する!」
そう言って、俺は菜生に背を向け、明日に向かって歩き始めた。
いつもは菜生の背中を見送る俺なのに。
だから気付かなかった。
「さよなら、圭一 」
菜生の別れの言葉に、気付けなかった。
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