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【2】
「一つ提案があるんですが」
栗色の目を輝かせて明るい声でそう切り出したのは、尊彦を担当する産業カウンセラーの屋代 准 だった。
「小嶺さんは抱えてるものが多すぎるんです。それをどこかで一度手放してみたらいかがでしょう? 日常を忘れ現実からかけ離れた世界で思い切り自我を解放するんです」
「そんなこと、出来るわけないじゃないですか」
苦笑いしながらも尊彦は、もしも彼が自分の事を思って提案してくれるのであれば話を聞いてもいいかなと思い始めていた。
准には守秘義務がある。社内では秘密にしている自分のセクシャリティーのことも彼には話していた。
「小嶺さんにぴったりのお店をご紹介します。こういう場で相談者のプライベートに踏み込んだお話はあまりしないのですが、このままでは小嶺さんが心配で……」
グレーのシンプルなスーツの内ポケットからカードを取り出した准は、そっとテーブルの上に置くと手を滑らせて尊彦の元へと差し出した。
それを両手で拾い上げると、尊彦は一瞬目を疑った。
「イメージクラブ『FREE』? これって……」
「いわゆるイメクラです。そこは男性による男性の為のお店です。通常は予約制でコース料金が設定されていますが、特別にこの店のナンバーワンホストを小嶺さんのために押さえておきました。実は彼、ちょっとした知り合いでして……」
「屋代さんにそんなお知り合いが? 意外ですね……。こういうところに行かれるんですか?」
「あ、いえ……。ははは……敵わないなぁ。実は私も男性しか受け付けない体なんですよ」
恥じらうように俯き加減のまま笑った准を見つめていた尊彦は、自身の下肢をさりげない仕草でぐっと抑えこんだ。
感情の赴くままに笑う彼の愛らしさに、無作法にも下半身が久しぶりに反応してしまったのだ。
出来ることならばカウンセラーと相談者という枠を超えて、一緒に食事をした後、ホテルで全てを忘れて激しく体を貪りたい。仕事と日常のストレスに追われ、普段考えたこともないような理想を膨らませてしまう。
でも、知人だといったナンバーワンホストとの肉体関係がある可能性は否めない。今度はジリジリと胸を焦がすような嫉妬心が湧きあがり、尊彦はぐっと奥歯を噛みしめた。
その原因を作っている張本人は、なぜか嬉しそうに微笑みながら尊彦の様子を窺っている。
「――これは、今夜?」
「ええ。彼が私の提案に賛同してくれたんです。小嶺さんのような方を救いたいと。残念ながら彼のスケジュールが今夜しか空いてなくて……。私は同行出来ませんが、話は通しておきますのでお店に行って頂ければ結構です」
腕時計でしきりに時間を気にしながら、テーブルの上に広げられた資料をさりげなく片付け始めた准の手を尊彦は無意識に掴んでいた。
緊張の為か冷えてしまった指先に驚き、ビクッと肩が震えるのが分かった。
「――屋代さんは彼と寝たの?」
「え?」
口に出してはいけない――そう思っていたことが無意識に口をついて出てしまった。ハッと息を呑んで慌てて手を引っ込めた尊彦は気まずそうに顔を背けたまま謝った。
「すみません……。俺、疲れてるのかな」
言い訳がましく聞こえたに違いない。でも、准は眉をハの字にしながらも尊彦を不安にさせまいと精一杯の笑顔で応えた。
「――寝てませんよ。彼は誰かれ構わず寝るような軽い男じゃありませんから。店では本番はありませんし、仕事とプライベートはきっちり割り切ってます」
その言葉に安堵のため息が漏れた。准が言うのなら、その言葉を信じよう。
尊彦は次回こそ、きちんとした形で准を食事に誘おう――そう心に決めた。
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