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【3】

 尊彦は、病院の診察室を模した白で統一された小ぢんまりとした部屋を見渡して小さく吐息した。壁際に置かれたカーテンで仕切られた簡素なベッドとスチール机、そして円形の回転椅子。窓があるであろう場所に掛けられた白いレースのカーテンの前に立つ青年をまじまじと見つめた。  Yシャツと黒いスラックスというシンプルで清潔感のある着衣の上から羽織った白衣といい、首から掛けられた聴診器といい本物の医師と遜色ないその姿は『患者』である尊彦を待っていた。 「初めまして……。准からいろいろ聞いてる。俺はミコト、よろしくね」  尊彦とそう身長は変わらないが、明るい髪色と妖しい光を湛えた栗色の力強い目が印象的なイケメンだ。 「こういう店は初めて? ここはよりリアルを追求したプレイを楽しむ店。――さっそく着替えてくれるかな?あなたの衣装は用意してあるから」 「着替える……んですか?」 「当たり前だろ? ここは病院。あなたは商社のリーマンから医師である俺の助手になるんだよ」 「え? 患者じゃなくて?」 「患者に手ぇ出す医者がどこにいるんだよっ」  笑いながら尊彦に歩み寄ると、着ていた上着を慣れた手つきで脱がし、その広い背中をポンとカーテンで仕切られたベッドの方へと押した。 「早くして。この後も予約詰まってるから」 「あ、はい……」  勢いのままにカーテンの中へと入った尊彦は、そこに畳まれていた衣装に絶句した。指先でそれを恐る恐るつまみあげると、かなり丈の短いタイトなワンピースが全貌を表した。 「あのっ! これ、俺が着るんですか?」 「他に誰が着るんだよ。早くしてっ」  ミコトに促されるまま尊彦は着ていたスーツを脱ぐと、戸惑いながらピンク色のナース服に手を通した。白いニーハイソックスを履き、床に置かれていた白いサンダルを履く。少し屈んだだけで下着どころか局部まで見えてしまいそうだ。ナースキャップをピンで留め、眼鏡を掛け直した尊彦は壁掛けの鏡に映った自身の姿に唖然とした。 「――着替え終わったぁ?」 「はい……」  ワンピースの裾を出来るだけ下ろしながらカーテンを開けた尊彦は、腕を組んで上から下まで舐めるように見つめるミコトの視線に頬を赤らめた。 「イヤらしいナースだな。それで患者を誘惑するのか? 病院内でそんな行為は許されない。俺がお仕置きしてやる……」  ミコトは意地悪げな笑みを浮かべながら白衣のポケットから革製の手枷を取り出すと、茫然と立ち尽くしていた尊彦の手に装着し、天井から下りていた鎖に固定した。 「な、何をするんです!」  両手を頭上に上げられ、裾から見える下着を隠す事も出来なくなった尊彦は悲鳴にも似た声を上げた。  今まで何人もの男性と関係を持ったことがあったが、拘束やSMはもちろん、自身がネコになることなど一度もなかった。  ショート丈のワンピースの裾から生えた毛深い腿の隙間に見え隠れしているのは黒いレースのTバック。それに気づいたミコトは「へぇ……」と舌なめずりをしながら、尊彦の大事な部分に掌を押し当てた。 「うわぁ!」 「小嶺さん、いい趣味してるね……。これ女性モノだよね? まさかだけど……ブラとかもしちゃってる?」  絶妙な感覚で薄いレースの上から撫でられた尊彦のペニスはムクムクと力を蓄え、小さな前あてを押し退けるような勢いで勃ち上がった。 「あぁ……。やめて、ください」  ワンピースの前のボタンを外し始めたミコトの指先がふと何かを捉えて止まった。はだけた胸元に見えたのは黒レースのブラジャーだった。尊彦はここ一番という商談がある日には決まって女性モノの下着を身に付けて勝負に出ていた。今日は残念ながら惨敗に終わったが、不安症である尊彦のゲン担ぎとしてこの下着はなくてはならないアイテムになっていた。男性モノと違い、体に食い込むようにフィットする感覚が心地よい緊張感と安らぎをもたらす。それ故に、ここ最近では商談以外の時も時々着用してはモンスターとの戦いに挑んでいたのだ。 「イヤらしい下着。真面目なイケメンさんがこんなエロい下着つけてるなんて、誰も知らないよね?」 「言わないで……。これは、その……勝負下着でっ」 「へぇ……。勝負下着ねぇ。チ〇ポおっ勃てて、もうベトベトじゃん……。小嶺さんってタチだと思ってたけど、本当は淫乱なドMネコなんじゃないの?」 「違うっ! 俺はネコじゃない……っ。んあぁぁっ」  ペニスの形を確かめるようにギュッと掴んだミコトの手に、尊彦は鼻から抜けるような甘い声を上げた。  きつく閉じられた腿の内側はすでに小刻みに震え、尻の間に食い込んだTバックの紐が後孔を刺激している。 「チ〇コ大きいね……。これでいろんな子猫ちゃんを啼かせてきたってわけだ。でもね――今夜はアンタが啼く番だよ」  下着のウェストに指を引っ掛け、弄ぶように引っ張ったミコトは、尊彦の耳元に唇を寄せると低い声で囁いた。 「尊彦……いっぱい愛してあげる」  その声に背筋をゾクリと震わせた尊彦だったが、同時に腰の奥からズクリと甘い痺れが這い上がり、それが脳髄に届く頃には腰をくねらせて悩ましげにミコトを見つめていた。尊彦の中に押し込められていたありとあらゆるストレスの箍が音を立てて外れた瞬間だった。  彼の手が体のラインをなぞる様に這い回り、レースからすっかり頭を擡げたペニスを扱きあげられる。  その度にあり得ないほどの快感を覚え、自分のモノとは思えない嬌声を上げた。凶暴な玩具で後孔を無理やり拓かれ、振動が前立腺を震わすたびにペニスから白濁交じりの蜜が糸を引きながら床に落ちた。  赤く熟れた胸の飾りにクリップを挟まれ、目の前にいくつもの星が散るほど射精を伴わない絶頂が尊彦を何度も襲った。 「ふぁぁ……! もう……やらぁ……。ミコ……トしゃん、挿れてぇ」 「おいおい、すっかりメス堕ちじゃないか。可愛いオジサンだな……」 「だって……き、きもひ……いいっ!」 「可愛い声で啼いた尊彦にご褒美あげよかな……。ふと~いお注射、ズブッて奥まで差してやるよ」  肉付きの薄い尊彦の早急に押し当てられたのは灼熱の楔。その太さも長さも、そして硬さも申し分ない。  尊彦は処女であったが、痛みを伴うことなく開発された後孔は淡く色づき、ミコトのそれを待ち焦がれていた。 『本番はしない』 准の言葉が一瞬脳裏をかすめたが、今の尊彦にはもうどうでも良くなっていた。  すべてを忘れ、医師であるミコトに犯される自分がこれほど哀れで情けなくて、何よりイヤらしい。  それが最高に気持ちよくて、ずっとこうしていたいと思わせるほど嬉しい。  まるで運命の相手に出会ってしまったかのように錯覚し、それを受け入れようとしている自分がいる。  辛い日常を忘れ、どこまでもミコトに溺れていく自分。そんな自分が大好きで堪らない。 「ミコト……せんせ。私の処女……もらってくらさ~い」 「オジサンのクセに処女とか……可愛すぎてチ〇コが痛くなってきた! もっと気持ちよくさせてあげるからな……俺の精子で孕め。このメス豚ナース!」 「はぁ~ん! 奥でいっぱいだしてぇ! 先生の赤ちゃん、孕んじゃうぅぅぅ!」  狭い処女の薄襞を割り裂く様に沈められたミコトのペニスが中を蹂躙し始めると、尊彦は低い呻き声をあげてだらだらと力ない射精を繰り返した。背後から突き上げられ、時折首を不自然にまげて舌を絡ませる。  自分は一体に何に固執し続けていたのだろう。プライドか、それとも地位か……。  すべてを曝け出してミコトに何度も突きあげられて絶頂する自分。こんな時が来ることを想像できただろうか。  新卒モンスターに振り回される日々が実に陳腐で、それに悩んでいた自分がバカバカしく思えてくる。  激しく抽挿され最奥にミコトの亀頭がめり込んだ時、呻き声と共に灼熱の奔流が尊彦の内壁をしとどに濡らした。その熱は直腸内にじわじわと広がり、ミコトが尊彦の背中にしがみつく様にして腰を揺らした時、下腹の奥の方が甘く疼いて膝が笑った。尊彦のペニスからは精液ではない透明な体液が大量に噴射され、床を派手に濡らした。その衝撃でキュッと締め付けたミコトのペニスがドクンと脈打って、尊彦はその時初めて『繋がっている』と実感した。自分の内に秘めた想いをぶちまけたところで、それを聞くのは赤の他人だ。真意なんて分かるはずはない。でも本質的な部分で理解しあえることが出来るのならば、それが本当の『繋がり』なのではないか。 「――尊彦。ずっと、ずっと好きだった」  背中でくぐもったミコトの声に、尊彦はゆっくりと目を閉じた。  魂を震わせる低く掠れた声……。 「俺も……会いたかった。ずっと探してた……運命の人」  天井に吊るされていた鎖が緩み、尊彦とミコトは床に崩れ落ちた。互いに強く抱き合ったまま、その熱を逃すまいと何度も重なった。  遠のいていく意識の中で准の笑顔が浮かんでは消えていく。その姿がミコトと重なった時、尊彦の意識は完全にブラックアウトした。

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