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ふたつの指輪

 ホテルの正面玄関から黒塗りの馬車に乗り、晴れやかな笑顔を浮かべる花嫁と、都会の街に消えて行くお前の姿を、最後に見送った。 「サヨナラ。一馬、幸せになれよ」  ホテルに背を向けて一歩、また一歩と、決して振り向かずに、重たい足を踏み出した。  これからどうしよう、どうやって生きて行こうかな。  ぽつんと残された脱力感が、急に溢れ出す。そのまま近くに流れる川沿いの遊歩道を、あてもなく歩いた。どこに辿り着くのか分からないが、ここではないどこかに、見知らぬ場所に行きたかった。  一馬と暮らしたあの部屋には、真っすぐには戻れなかった。  僕は……またひとりになってしまった。  五月の薫風が爽やか過ぎて、新緑が眩し過ぎて……涙が零れた。  あぁ……ようやく泣けた。  ポロポロと零れる涙は、風に攫われる。  中途半端に放り出されたこの気持ちを、どうしたらいいのか分からない。 やがて細い川は終わり、運河となり、その先には海が開けていた。運河を囲むように芝生が広がっていて、大きな鯨を模した滑り台や赤いブランコがあった。 「こんな場所に公園が……」  泣きながら歩いてきたので、目元が赤くなっているかもしれない。家族の笑い声が響き、子供が走り回る、日曜日の昼下がりの公園に不釣り合いな、酷い顔をしていると、急に恥ずかしくなった。しかし帰るに帰れない場所に、僕は立っていた。  ここで……少し休んで行こうかな。  手の甲で目を隠し、芝生に寝転んでうとうとしていると、急に子供の声が降ってきたので、飛び起きた。 「お兄ちゃん、ないてるの? 」 あどけない笑顔の男の子だった。 「これ、あげる! 悲しいココロによくきくって、パパがいってたよ」  小さな男の子は何を思ったのか、僕の指にシロツメクサで作った指輪をそっとはめてくれた。しかし僕は一馬とお嫁さんが交わした真新しい結婚指輪を思い出し、馬鹿みたいに、その場で泣き崩れてしまった。 「うっ……うう……う」  まずい……嗚咽がもう止まらない。 「おっ、お兄ちゃん大丈夫? どこかイタいの? パパをよんでくるね! 」

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