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シロツメクサの魔法

「君、大丈夫か」  男の子が連れて来たのは、僕よりもずっと年上の男性だった。 「あぁそんなに泣いて。そうだ、これをあげるよ」  彼は僕の手を開き、四つ葉のクローバーをそっと載せてくれた。 「四つ葉……? すみません。お子さんの前で泣くなんて」 「えっと、はじめまして。この子は息子の芽生(メイ)。おかしいな、シロツメクサの魔法は効かなかったか 」  彼は僕の指先を見つめて、首を傾げた。 「魔法って? 」 「シロツメクサは、クローバーに咲く白い花だって知っていた? 」 「……なんとなく」 「じゃあ四つ葉のクローバーが、どうやって出来るかも? 」 「いえ」 「これは一つの説だが、成長点が傷つくことにより、もう一枚の葉が出て四つ葉になると言われていてね、だから道端や公園など人に踏まれる確率が高い場所で、四つ葉を見つけやすいそうだ」 「知らなかったです」 「うん、ひっそりと誰にも邪魔にならずに咲いているのに、次から次に踏まれて傷つけられてしまうなんて、少し可哀想だけどね」  それは何だか今の僕のようだと、自虐的に思ってしまった。 「それでも、それをバネにして幸運の四つ葉を生み出すからすごいよね。君は何かとても悲しいことがあったんだね。もしかして復讐したくても出来ないほど好きな人がいたとか」 「なぜ、それを」 「ふっ、図星かな」  その男性は優しく微笑んで、頭を撫でてくれた。温かい手だった。なんだか恥ずかしいな。突然見ず知らずの男性に、子供みたいに励まされて…… 「俺もさ、実は去年離婚したばかりでね。その当時、君と同じように赤い目をしていたから、なんとなく分かるよ。俺が気落ちしていた時に、息子がこのシロツメクサの指輪で励ましてくれたんだ。ママはいないけれども、パパはひとりじゃないよって。だからその指輪は寂しさを解き放つ魔法だと思っている」 「……でも、僕には……もう誰もいないから」 一馬しか知らない。 一馬としか……身体を明け渡すほど、深く付き合った経験はない。 お前は僕のすべてだったのに。 「はたしてそうかな……そうだ、外国には『幸せに暮らすことが最大の復讐である』という諺があるのを知っているか」 「幸せが復讐? 」 「そう。そんな復讐なら、していいと思わない? 」 「……ええ、確かに」 「そうだよ。だから俺もこれからは自分に正直に、息子と伸び伸びと生きて行こうと決めたんだ。もう何も隠さずに……」 「もしかして……あなたにも何か悩みがあるんですか」 その時になって初めて、その男性のことが気になった。 トクンと心の波長が、彼に寄り添ったのが分かった。 「んーでも俺のは……いきなり初対面の人に話す内容じゃないからね」 彼は屈託のない笑みを浮かべていた。 青空の下、その笑顔がとても爽やかだと思った。

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