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通勤途中
翌朝、目覚まし時計のアラーム音で目覚めた。
もうこの部屋には、僕を優しく起こしてくれる人はいない。
温かいコーヒーを淹れてくれる人もいないし、少し端の焦げた目玉焼きも、焼き過ぎたトーストも食卓には置かれていない。
袋から出した食パンをかじるだけの朝食だったが、不思議と侘しくも寂しくもならなかった。一馬がくれたネクタイは流石に出来なかったが、いつもと同じ時刻にスーツを着て部屋を出ることは出来た。
いつもなら一馬と肩を並べて歩いた駅までの道のりだが、これからはひとりだ。今までは一馬と喋ることに夢中だったが、前を見て歩くことによって、気付いた事がある。
朝の通勤時間にすれ違う人って、だいたい同じなのだな。この角ではエプロンをしたまま犬の散歩中のおばさん。コンビニの前では、ホットコーヒーを片手に慌ただしく出てくるお姉さん。メイクはまだ半分で、残りは会社で仕上げるのかな。
それから公園前の広場には幼稚園の送迎バスが停まるらしく、お母さんたちが輪になって楽しそうに喋っていた。もう子供はバスに乗って行ってしまったのに、変な光景だな。あぁそうか、これが井戸端会議なのか。
ふとその輪に違和感を抱いた。それはお母さんの中に、男性が一人だけ混じっているせいだった。
更にじっとその男性を見つめて、驚いた。
あれっ? あの人って、まさか……そうか、そうだったのか。今日は前髪をパリッとあげたスマートなスーツ姿だったので、すぐには分からなかったが、彼は、昨日公園で会った人だ。
向こうも僕に気付いたらしく、嬉しそうにブンブンと手を振って、こちらにやって来た。
「わっ! 」
周りのお母さん達まで一斉に僕を見るから、後ずさりしてしまった。
「やぁ! やっとこっちを見てくれたね」
「きゃあ~ 頑張ってー 」
彼がどんどん近づいてくる。
何故かお母さんたちのエールを受けて、どんどん近づいて来る。
心臓が飛び出そうだ!
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