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『の』

 洞窟が崩れ出した。  人間たちの悲鳴が、轟音にかき消されてゆく。  しかし、大きな岩はなぜか教団の人間たちを避けるように降って来て。  石礫(いしつぶて)に打たれはしても、致命傷を負う者は居なかった。  化け物は獅子の顔を両手で覆った。   果てもなく湧き上がる憎しみと、かつて子どもと交わした約束がせめぎ合う。  もうひとは食わぬ。  ひとは殺さぬ。  けれどそう約束したカイリは、喪われてしまった。人間どもに、殺されてしまった。  ならば化け物が教団の人間を殺してもいいではないか。  なぜ、躊躇する。  なにを躊躇するのだ。  苦悶に呻く化け物の耳に、やわらかな声がこだました。    神さま。  神さま。  神さま。    カイリだろうか。リトだろうか。  化け物を、化け物と恐れずに接してくれたやさしい子ども。ウロコの火傷を、癒そうとしてくれた子ども。  化け物と抱擁を交わし……化け物の代わりに、泣いてくれた、子ども。  化け物はよろめきながら声のする方へと視線を向けた。  (うずくま)って必死に頭を庇っている人間たちと……崩れ果てた洞窟。  様変わりしたその向こうに、白いものが見えた。  大地の揺れが、徐々に静かになり、やがてぴたりとおさまった。  化け物は茫然と足を踏み出した。  どこの岩がどう剥落したのか……。  暗闇の中に、ひと筋の白いひかりが、差し込んでいる。  もうもうと巻き上がる砂塵が、キラキラとその帯に反射していた。  神さま。  世界は、ひかりに溢れてうつくしい。  神さま。  どうかひかりのある場所へ来てください。  化け物の胸の内側で、リトが囁く。  化け物は倒れ込む人々の間をすり抜けて、岩を跨ぎ、石を踏みつけ、そのひかりの下へと立った。  細く差し込むそれが、化け物の腕に当たった。  醜いだけのウロコが、白いひかりを受けてキラキラと虹のプリズムを放った。  きれいですね、神さま。きれいですね。  リトが笑う。  しあわせそうに、にこにこと。  そのひかりの筋は、化け物の肌を焼いたりはしなかった。  ただ、それが照らす場所から、ほんのりとしたぬくもりが広がってゆく。  神さま。  あなたは自由です。  神さま。  外へ行きましょう。  神さま。  たくさんのうつくしい世界を、あなたに見てほしいのです。  神さま。  神さま。  神さま。    化け物は思わず、小さく笑ってしまった。 「……存外、よく喋る」  喉を切られ、話すことのできなかったリトの声が、耳の中にわんわんと響いて騒がしいほどだ。  化け物の核をリトが飲み込んだことで、彼の思念がこびりついているのだろう。  だがいずれ、この声もそう遠くない内に聞こえなくなってしまうに違いない。  その前に。  外の世界を見に行こうと、思った。  化け物の中の、リトと一緒に。  彼の言う、うつくしい世界を。 「一緒に行くか、リト」  小さく、そう問いかけると、はい! と元気な答えが返ってきて化け物はまた笑ってしまう。  化け物は断崖の上に立ち、暗闇の底を見下ろした。  そこでは、先ほどの地震で濁流と化した水が轟轟と唸りを上げて流れている。  化け物は川へ向かって身を投げた。  少しの躊躇もなく、一瞬の出来事であった。  化け物を目で追っていた祭主が、あっ、と叫んだが、その声もすぐに水音に掻き消えた……。

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