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第3話

お互い自室で眠った翌朝、リビングに向かうと、すでにシャキっと身支度を整えた宏隆が、キッチンで奮闘していた。 「あ!おはようございます、友宇さん。よく眠れましたか?」 「お、おう……おはようございます」 眠気も吹き飛ぶ爽やかな笑顔で挨拶される。昨日の遊びはまだ続いているんだな、と寝起きの頭で思い、とりあえず顔を洗って食卓についた。 少し焦げた目玉焼きがメインの、お馴染みのメニューだ。よく見ると、宏隆の方の目玉焼きは、黄身が盛大に爆発した形跡がある。 友宇も最初のうちはいろいろ失敗していたなあと懐かしく思う。毎回不安になりながら食卓に出し、「美味しい」と言ってもらえて安心していた。 そういえば宏隆は、五年目になった今でも、毎日「美味しい」を欠かさない。 「美味しいです、宏隆さん。特にこの半熟具合が絶妙です」 食べながら伝えると、顔を作ることを忘れたのか、ぱあっと子供っぽく明るい笑顔の宏隆が見れた。まるで女子高生にでもなった気分で、胸がきゅんとするのを感じる。 どぎまぎして目をそらすと、宏隆は慌てて取り繕うように営業スマイルを作っていた。 二度目の初デートは、水族館に行った。十年前の初デートと同じ場所だ。 当時まだ高校生だった二人は、友達気分も抜けないままで、水槽の前で魚料理の名前を言い合っては周囲に白い目で見られていた。きっと今でも、いつもの宏隆となら、同じ会話を繰り広げていただろう。そういうノリも好きだったけど、今日は随分と大人な雰囲気だ。 「友宇さん、危ないですよ。はぐれないように手をつなぎましょうか。ああ、恥ずかしかったら、僕の服を掴んでいてください」 そんなことを言われても、初めて見る高級そうなジャケットにシワをつけてしまうのは躊躇する。ファッション誌から抜け出して来たようなスタイルに、改めてこいつカッコ良かったんだな、と思った。 友宇だけでなく、周囲の女性客の視線をも奪っている。 当の本人は気付いていないのか、微笑みながら常に友宇を気にしていた。 魚の豆知識を披露し、ショーでは友宇が濡れないように気を遣い、たまにさりげなく腰に触れてくる。本当に友宇しか見ていないといった有様で、“宏隆の彼氏”についての発言は、一言も出て来なかった。 こんな調子で、いろんな場所にデートに出掛けた。主には過去に二人で行ったことのある場所だ。 最初のうちは、懐かしさが先に立ち、とても楽しかった。珍しい宏隆も堪能し、本当に新生活を始めたようで、毎日が新鮮だった。 けれども少しずつ、もやもやしたものが溜まってきている。思い切ってベッドに誘ってみたけれど、そこでも完璧なキャラを演じる宏隆に、余計にもやもやが膨らんでしまった。 なんというか、別の人と幸せになる宏隆を間近で見せられているような、変な気分になっていったのだ。自分が誰かと浮気しているような気分も強くなってくる。この気持ちをどう整理したらいいのか分からない。 宏隆に相談できないことが増えていく。一人ではこんなにもダメな自分を自覚して、分かっていたことでも落ち込む。やっぱり離れた方がいいんだろうか、と友宇は思考の渦に飲み込まれた。

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