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キッカケは先輩との雑談だった

「なぁ、お前の住んでいる部屋へんなこと起きない?」  衛が自転車でのパトロールから戻った時、北崎が衛に聞いてきた。 「どうしてですか?」  衛は首を傾げ北崎を見つめ返す。東雲とルームシェアをしていることは言っていないが、一緒にいるところを見られたかもしれないと衛は考えた。だが、その予想は外れる。 「あれ、もしかして聞かされてない? お前が入る前に住んでたやつ、首つったんだよ」 「え?」  衛は頭の中が真っ白になった。そんな情報は一切聞かされていなかったから。 「どうして……」  聞くつもりはなかったが動揺して声が漏れた。『どうして』の言葉の中には『東雲が教えてくれなかったこと』と『前の住人が亡くなった理由』が含まれている。 「さぁ? 理由は知らないけど自殺で処理された。その様子なら化けてでてこなかったんだな。安心した」  北崎は事務業務に戻り会話は終わったが、衛は業務に集中出来ず、一刻も早く家に帰りたかった。 (自殺? どうして? 東雲さんはそんなこと一切言っていなかった。転勤って言っていた。どうして嘘を……) ***  衛が帰宅すると東雲はまだ帰っていなかった。 (泊まり込み勤務かな)  こういう時に限っていつもいる東雲は家にいない。衛と暮らし始めてからビールの量はかなり減ったが、空き缶は変わらずその辺に転がっている。衛は空き缶の中身を軽くゆすいでからゴミ箱に捨てた。晩ご飯を作りながら東雲への質問を考える。 (ルームシェアをしようって言ったのは301号室の人が自殺をしたから。そこに住まわせたくなかった理由は?) 「っ……いって」  考えながら包丁を使っていたので指を少し切ってしまった。傷口を水で洗い、絆創膏を貼る。  交番にあるパソコンでデータベースを検索すれば『善竹(よしたけ) (のぼる)』という名前が出てきた。衛と同じ24歳で警察官になり、1年後に自殺したと書かれていた。 「東雲さんと何かあったのかな?」  ご飯を食べて風呂に入る。東雲に連絡しようとしたが、仕事の邪魔をしてはいけないと思いとどまった。  布団に入り、隣の空いた布団を見る。  寝ている時、ときどき東雲はうなされていた。最初は歯ぎしりかと思っていたが、そうではないことに気づく。 (うなされていたのは善竹さんのせい……?)  考え出したら寝付けなくなり一睡もできずに朝を迎えた。 (今日が休みでよかった)  欠伸を大きくして冷蔵庫から水を取りだして飲んでいれば、東雲が帰宅する。衛がまだ寝ていると思っているのか、静かに靴を脱ぐ音がした。 「おかえり」  衛はいてもたってもいられず、玄関まで東雲を迎えに行った。 「お、珍しいね。この時間に起きてるなんて」  暑くなってきたから今日は白いTシャツだった。焼けた肌によく似合っている。 「あのさ、ちょっと聞きたいことがあって……」 「ん? なに」  東雲は衛の前に立ち塞がる。職場でシャワーを浴びてきたのか、シャンプーの匂いがした。 「僕が住むはずだった301号室の人ってどんな人だった?」  東雲は都合が悪いことを聞かれたように眉をひそめた。微かに苛立ちが見える。 「どうして? 別に普通の人だったよ」  衛を押しのけて廊下を進んだ。衛は負けじと食いつく。 「善竹さんって言うんだよね。今はどこに住んでるの?」 (転勤したと言ったならこれぐらいは聞いても普通だ) 「知らない。それっきり連絡取ってないから」  どこか素っ気ない態度に衛は怪しいと感じた。 「北崎さんから聞いたんだけど、自殺したって本当?」  その言葉で東雲は立ち止まった。衛は背中越しに東雲を見つめる。 「聞いたんだ」 「はい」  東雲は悲しそうに振り返る。目には涙を浮かべていた。 「そうだよ、自殺した。新見ちゃんと同じ歳だった」  東雲から出てくる言葉は重く衛にのしかかる。その負担に耐えきれなくて感情に流されるように発言した。 「もしかして、僕と善竹さんを重ねてルームシェアをしようって言ったんですか? 一緒にしないでください。 僕は善竹さんと違って心は弱くありません!」 「何も知らないくせに、あいつが……あいつが心が弱かったなんて言うなよ!!」  怒鳴り声に驚き、口をつぐむ。言ってはいけない一言を言ってしまったと後悔した。 「あっ……ちがっ……」 「警察官なのに、よくそんなことが言えるな。自殺しようとしてる人に声かけれんの?」  衛は何も言い返せない。図星だった。 「衛は警察向いてないよ」  衛にとってキツい一声を浴びせられ自信を一気に失う。 「そんなことはないです……だって僕は警察学校を卒業した。警察官と認められてる」 「警察学校卒業したら警察に向いてると思ってんの。お気楽なやつ。あいつの最期を知っているか? 部屋から異臭がして電話しても繋がらない。何か事件に巻き込まれたかもしれないと、ベランダから飛び移った。窓は閉まっていたけど、鍵は開いていて開けると肉が腐った臭いがした。この世のものとは思えない臭いに鼻を手で覆いながら部屋の中に入ると電気はついていなかった。すると、細長い何かが見えたんだ。何だったと思う?」

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