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盗られたハイエース

「伸びた首だよ。体重がかかって首が伸びていた。妖怪のろくろっ首のようにね」  衛はヒュッと息を吸い込んだ。想像してしまい、動けなくなる。 「自殺した理由は本人しか分からない。遺書も何もなかったから。新聞や雑誌をくまなく見たけど何も触れられていなかった」  前の住人が自殺したって聞いた以上、部屋には戻れないし契約上そんなことはできない。まだ301号室には誰も入居していなかった。そして、東雲とは少し距離が空いてしまう。 「まぁ、まじめすぎたのかもしれないね。すごくゴミ捨てにうるさくてキッチリしたやつだったから……」  思い出すように窓の空を見て悲しげに目を伏せる。衛は東雲の寂しげな横顔を見て胸を痛ませた。 *** 『新見ちゃん、俺のハイエース知らない?』  突然、送られてきたメッセージ。衛はそれで全てを悟った。北崎に事情を説明し、マンションの監視カメラを確認すると、黒いプリウスが東雲のハイエースの隣に止まっているところが録画されていた。  数人が車から降りてハイエースに何かを細工をする。作業が終わったのか1人はロックされているはずのハイエースに乗り、黒いプリウスと併走して駐車場を出て行った。ハイエースが奪われるまで5分しかかかっていない。プロの犯行だった。 (この黒いプリウスどこかで見たことあるな……あ、初めての勤務の時、パトロール中に見た車だ)  だが、北崎から手を出すなと言われていた。それに今頃裏ルートを使って海外に売り飛ばされていることだろう。北崎も中国マフィアの仕業と分かっていたので本部に連絡をし、この一件は解決したことになった。  帰宅し、東雲に事情を説明すると「前に新見ちゃんが怒っていた理不尽なことってこれだったんだね」と冷静に言った。 「取り返したくないんですか? 自分の車でしょ」 「まぁ、いつか盗られると思っていたし潮時だったのかな。俺、バツイチなんだよね。子どもと一緒にキャンプやバーベキュー行くのに乗り回してて離婚してから、独り身になって手持ち無沙汰だった。それに乗り換える覚悟もできていなかったから、ちょうどよかったのかもしれない」  初めて聞く東雲の告白に動揺して、東雲が座る隣にちょこんと寄り添うように座る。 「ごめんなさい……何て声をかけたらいいのかわからないです」  衛は体育座りをして足下を見る。触れた筋肉質な肌から熱を感じた。妙に脈が速くなり、汗が滲みでてくる。 「いいよ、俺も若かった頃はろくなこと言ってないと思うし」  ぽんぽん、と漢らしいゴツゴツした手に頭を撫でられる。それだけで目頭が熱くなり涙で視界がかすんできた。 (なにやってんだよ、悲しいのは東雲さんのほうだろ)  情けなくて腕で涙を拭った。 「新見ちゃんは優しいから共感してくれてるんだね。嬉しいよ」  抱きかかえられるように横から抱き締められ、衛は自分の2倍ほどある腕を握る。その腕は震えていた。 (緊張しているのかな?)  あの東雲が緊張していると思うと衛まで緊張し始める。手汗をかき始めじんわりと肌を濡らした。少しずつ体重がかかり、ゆっくりと押し倒される。  衛は薄い夏用のカーペットの上に寝転がった。  押し倒され、両腕を挟まれた姿勢にドキドキと心臓の音が速くなり、頬にポタリと東雲の汗が落ちてきた。

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