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第6話

それから1週間、氷室先輩を頼ることなく僕は仕事を進めた。 (うわぁっ、また違うところでエラーが出てる! あっちを直したらこっちでエラーって、ううっ、禿げそう) こういう時、上司に相談しても「自分で解決しろ」と言われるのは分かっている。 泣きだしたい気持ちでコードとにらめっこしていると、帰り支度をした氷室先輩が後ろを通った。 「あ、お疲れさまです」 「…………」 氷室先輩は顎をひと撫でするだけで、何も言わなかった。 (この顔はエラーの原因分かってるな) そう思ったけれど、先輩を頼らないと決めた以上、僕から聞くわけにもいかない。 数秒おいて、先輩がぼそりと言ってきた。 「お前さ、困ってんなら」 「こ、困ってません!」 思わず遮るようにして言ってしまう。 「だから、先輩の部屋には行きません」 小声でそう続けながら、心の中でマズイと思った。 普段から顔色のよくない先輩の顔が、みるみる曇っていく。 「ああ、そうかよ」 (もしかして、傷つけた?) 僕が弁解する前に、先輩はすうっとフロアを出ていってしまった。 * そして次の週末――。 寮の共有リビングでひとり朝のコーヒーを飲んでいると、寮長がやってきた。 「おはよう、楠木くん」 「おはようございます」 寮長も同じ制作部の先輩で、30代半ばくらいの穏やかそうな人だ。 寮に入ったばかりの僕を心配してか、時々声をかけてくれる。 「どう? ここでの生活にはもう慣れた?」 「おかげさまで」 「そっか。ここ座っていい?」 僕が頷くと、寮長は新聞を手に、テーブルの斜め向かいに腰を下ろした。 (あれ、何か話したいことでもあるのかな?) 僕は反射的に背筋を伸ばす。 「あのさ、楠木くん」 「はい」 「きみ、氷室くんとよく一緒にいるみたいだけど、その……困ってないかな?」 「困って? なんのことですか」 寮長は周りに人がいないことを確認し、僕にそっと言ってきた。 「彼、ゲイらしいから」 思わぬ話題に驚く。 氷室先輩は男の僕に体を求めてくるわけだから、きっとゲイかバイなんだろう。 そして、それを受け入れている僕は……。 「あれ、その反応は知ってた?」 寮長が意外そうに目を見開いた。 「いや、あの。だとしても、そういうプライベートな部分に立ち入るのは……」 「けど下手に仲良くなって、突然迫られても困るでしょ」 「それは……」 後ろから腰をつかんでくる、氷室先輩の手の感触を思い出す。 「……楠木くん?」 「だ、大丈夫ですよ。もし先輩がゲイだとしても、男なら誰でもいいって訳ではないでしょうし」 僕は動揺を隠して笑顔を作った。 「そうかな、ああいうコミュ障なタイプは分かんないよ。仲良くなった相手に好意を寄せるかもしれない」 「そんなことは……」 冷めたコーヒーを引き寄せながら、胸が、重い痛みを発する。 実際のところ氷室先輩は、単に手近な相手として僕に手を出してきたんだろう。 そこに好意があればむしろよかった。 でもそうじゃない。 何も知らないはずの寮長から、突きつけられた事実が痛かった。 彼は諭すように続ける。 「悪いことは言わない、氷室くんとは少し距離を置いた方がいいよ。僕だって寮内でのトラブルは望まない」 そこへ別の方向から声が聞こえてきて、心臓が止まりそうになった。 「俺がなんだって?」 振り向くとリビングの入り口に、部屋着姿の氷室先輩が立っている。 「先輩……」 「俺だって、誰彼構わず手なんか出さねえよ」 先輩が不機嫌そうな顔で来て、僕の手首をつかんだ。

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