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黒髪のひと

津本がジムに来ない。 佐波の話をされて、 耐えきれずに走り去ったのは 三歳の方だった。 しかし、まさか、 ジムに顔を出さなくなるとは 思いもしていなかった。 3日と開けず来ていた津本が この数日間、1度も顔を出していない。 このまま、もう2度と来なくなるのだろうか。 三歳はその可能性を否定できずに、 事務所の壁に背を預けてうずくまった。 「もう、思ってるのも、ダメ?」 まだ、まだ三歳は津本が好きだ。 しかし、いつまでも 思い続ける訳にも行かない。 本人に見限られてなお 思い詰めるなんて、 そんなことしてられない。 ちょうど、今日の仕事は午前中だけだった。 行ったことはなかったが、バーにでも 行ってみるのがいいかも知れない。 いい出会いがあるとは思えないが、 話くらいは聞いてもらえるかも知れない。 そうと決まれば お洒落でもしてみようかと、 三歳は暗い気持ちに 目を向けないようにして この日の仕事を終えた。 家に帰り、着替えをし、 予約して美容院にも行った。 こんなに背伸びをしたんだ、 一夜の相手くらい、 簡単に見つかるだろうと、 何件かあるなかで 最も入りやすい雰囲気のバーに入店した。 それから3杯は飲んだ。 しかし三歳は、 誰からも声をかけられなかった。 やはり三歳は魅力的ではないのだろうか。 惨めだった。そう思った瞬間、 三歳は惨めさに既視感を覚え、 より惨めさが増した。 もう諦めて帰ろう、 そう決めてチェックを告げて 少し残ったジンライムを飲み干した。 カウンターにグラスを置いたその時、 三歳のその手を誰かガシリと掴んだ。 「ねぇ君、帰っちゃうの?」 見上げるとスラッとした アジアンテイストなイケメンがいた。 津本には及ばないが、 津本と同じ黒髪で、 津本と同じぱっちり二重だった。 「や、やっぱり、もう少しいようかな。」 三歳がそう言うと、 男は妖艶な顔でにやりと笑んだ。 「おーい、みっちゃーん、 スマホ鳴ってるよー! 電話じゃなーい?」 男は三歳の背をポンッと 叩きながら 顔を覗きこんだ。 「んー?きょうくん、でて、」 しかし三歳は顔を伏せ スマホを男に手渡した。 男は三歳のスマホを受け取ると、 三歳に言われるまま、 津本京と書かれた画面の 着信の表示をスライドさせた。

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