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番外編 桜と桔梗
※三話桜の巻で桜が身請けされた直後の話になります
初めて見た桔梗の家__俺の新しい家は思いの外狭く古かった。はっきり言ってしまえばおんぼろだった。当然華乱とは比べ物にならない。帰り道に見た庶民の家だってもう少しマシだったと思う。
「ごめんね、こんなところで。びっくりしたでしょ」
俺の反応を見て桔梗は苦笑いした。
「びっくりしたっていうか……よく住んでいられるなって思った」
だって周りを見渡しても他に建物は無い。人気も無い。町の外れにこんな台風が来たら吹き飛びそうな家に桔梗はたった一人で居たんだ。いつから? まさか華乱を出てからずっと此処に住んでいたのか?
「どうしても桜が欲しかったから。その為にずっと節約して一日中働いていたんだ。だから会いに行けなかった。ごめん」
「俺のせい……」
「何で? 桜は何も悪くないじゃん。全部俺の我儘だから」
「でも……ん、っ」
反論は桔梗の唇に塞がれる。三年振りの口づけは記憶よりもずっと柔らかく、優しかった。
「ねえ、名前を呼んで」
「桔梗?」
俺が桔梗と呼ぶとそうじゃない、と桔梗は首を横に振る。
「俺の本当の名前。もう俺達は廓に閉じ込められた花魁じゃない、ただの普通の人で恋人同士なんだから」
「翔太……翔太、翔太っ」
俺は桔梗……否、翔太を抱きしめて何度も何度も名前を呼んだ。俺が呼ぶ度に俺の背中に回った翔太の腕の力が強くなっていく。
「春樹、春樹、春樹……」
自分の名前を呼ばれた瞬間、やっと自分が廓の人間ではなくなったことを実感した。やっと……やっと解放されたんだ。
「春樹、抱いてもいい?」
優しく聞く翔太の手は俺の着物の帯に伸びている。返事を待ちきれないと言うようにさわさわと結び目を触りながら、それでも勝手に解いたりはせずに俺の承諾を待っている。
「いいよ翔太。抱いてほしい」
そう答えた瞬間、俺の帯はシュルリと音を立てて解かれた。綺麗な色と形、それから脱ぎ易さを重視した着物はあっという間に着崩れて俺の肌を晒す。
「全部綺麗にして俺だけに染めないとね」
敷きっぱなしだった薄い布団に押し倒され、それから軽く口づけられ、一度眼を見合って再び唇を重ね互いの舌を絡め合う。脳が蕩ける程に甘くてそれだけで心が満たされたのに、身体は貪欲に"もっと"と翔太を求める。
「っひゃぁ、ッ」
翔太の手が俺の着物の中に滑り込み、胸の突起を摘まれる。舌と唇ばかり意識していたせいで変な声が出てしまった。でもそれに気を良くしたらしい翔太は手を休める事なく俺の上半身を隈なく弄(まさぐ)り、また胸部へと戻ってくる。
「んッ、あ、ん………あ」
この身体は既に感じやすくなってはいたが恋人の手にはめっぽう弱いようで、ただ素肌を撫でられるだけで下腹部に熱が集まっていく。
「あっ……」
着物を肌蹴られ、下着も脱がされた。見られるのは慣れている筈なのに恥ずかしくて堪らず、ぎゅっと固く足を閉じて身体を縮こませる。
「どうして? 見せてはくれないの?」
「悪い、恥ずかしくてつい」
俺の答えに翔太ははあ、と溜め息をつく。呆れられたか、嫌われたかと思って慌てて顔を見ると、翔太は欲を孕んだ眼で俺を見ていた。
「可愛い……今すぐ挿れたい。早く春樹を滅茶苦茶にしたい」
そう言いながら俺の足の隙間から手を入れ、指の腹で菊座を優しく押される。俺はしてもいい、と言う代わりにゆっくりと足を開いた。それを肯定と受け取ってくれた翔太は目を輝かせ、潤滑剤に手を伸ばした。手にとって指全体に絡めてすぐにまた菊座に触れる。
「あ……っ、んう……」
俺のそこは容易く翔太の指を飲み込んだ。いつの間にか一本、また一本と滑り込みあっという間に三本の指でナカを探られる。
「駄目だ……全然大事にできそうにないや」
大事にできそうにない、なんて言いながらも指の動きは優しい。無理に掻き回さず、まどろっこしいくらいにゆっくりとナカを解して拡げられる。
「もう充分だ」
「そう?」
翔太は指を引き抜き、自らの服と下着を脱ぎ去る。服の上からでも判っていた翔太のモノは空気に晒され、より一層俺を貫きたいと主張していた。それにたまらなく興奮してつい手を伸ばす。
「翔太の、舐めたい。いいか?」
伸ばした右手で軽く扱きながら聞けば、翔太は頷いた。俺は翔太の方に向き直り、先走り汁に濡れながらそそり立つそれを口に含んだ。
俺が自ら口淫を望んだのはこれが初めてだった。相手が誰であれ、今までは求められなければ絶対にしなかった。
「あ、ッ、春樹……」
上から翔太の喘ぐ声が聞こえる。軽く頭を抑えられているせいで翔太の顔を見ることはできない。
「んぐ……んんん、ッぐ」
「春樹、出そう、出るっ」
よっぽど余裕がないのか、最初は優しく添えられていただけの手は俺の頭をガッシリと掴んで離すまいと言うように腰に押し付けられる。それから直ぐに口の中いっぱいに情欲の独特な苦味が広がり、翔太のが引き抜かれる。
「ごめん、ついがっついちゃった。苦しかったよね?」
翔太が目線を合わせて頭を撫でてくれる。俺は無言で首を横に振って口の中の白濁液を飲み込んだ。
「ありがとう、春樹」
「ん」
軽い返事をして空になった口を開いて翔太に見せれば、唇を重ねて舌を絡めとられる。
「ん……ふ、っ……チュ」
まだ口の中に苦味が残っているにも関わらず、翔太の舌は俺の口内を隈なく舌で探る。長い間堪能され、苦しくなって翔太の軽く胸を叩けばやっと唇が離れた。
「春樹、もう挿れていい?」
布団に押し戻され、ほんの少しだけ体重を掛けて翔太がのしかかってくる。
「いいよ。早く翔太の挿れてほしい」
俺は避妊具を掴む翔太の手を止めて言った。
「いいの? 途中で抜ける自信ないから全部春樹の中に入っちゃうよ?」
「それでいい。翔太の全部を俺に注いで。俺を翔太だけに染めて」
そう言った瞬間ガバッと大きく足を開かされ、翔太の熱いモノが俺のナカに入ってきた。
「んあ、あ……あ」
何年も使い古したそこは痛みなど感じない。その代わり、愛おしい恋人から今まで以上の快感を与えられる。何度か唇を重ねるだけの口づけをして、俺の一番いいところを探るように奥に押し付けられた。
「ひゃ……んあああッ」
俺の最も敏感な最奥の一点を突かれて腰が浮く。翔太は執拗にそこをグリグリと攻めてきた。
「安心したよ。やっぱり三年経っても春樹の良い所は変わらないんだね」
「んっ、うあ、ふッ……あ、やだ、あ」
翔太は俺の腰を掴み、一気に律動を始めた。
どれくらい時間が経っただろうか?外は真っ暗だった筈なのにいつの間にか明るくなってきている。あれから何度も腰を打ち付けられ、絶頂を迎え、欲を吐き出され、頭がぐちゃぐちゃになりながら、それでも声が外に漏れないように意識しながら翔太と抱き合っていた。
「ねえ、我慢しないでもっと声聞かせて」
「だ……ッあ、だって、声、聞かれたら、んっ、は、ああ、あ、ばれちゃう、からッ」
「バレるって誰に? 此処には俺達以外に誰も居ないんだよ?」
そう言われて思い出した。此処は華乱じゃないことを。俺達の仲を咎める人など誰も居ないことを……
声を出していいと気付いたとき、身体の力が一気に抜け、全身に今まで以上の快楽が押し寄せてくる。
「んあああッ、あ、翔太、しょうた……っ、は、ッああん、ああ、っ」
「は、るき、春樹っ」
俺達は夢中で抱き合い、名前を呼び合った。空っぽになって疲れきった頃はもう、朝日が完全に昇りきってしまっていた。
「ねえ……俺達、なんで"花魁"だったのかな?」
暫くしてぽつりと呟いた翔太の声は震えていた。
「花魁じゃなければ……あんな所に居なければ、春樹だけを知っていられたのに。こんな、ッ……穢れなくて済んだのに……」
ぽたぽたと俺の頬に翔太の涙が落ちてくる。翔太の顔は悔しそうに歪んでいた。
「遊郭なんて、あんなものがなければこんな思いなんてしなかったっ!」
「そしたら翔太と出逢うことは無かった」
そう言って俺は翔太を抱き寄せる。
「親に売られて、華乱に……柊さんに買われたから俺は翔太と出逢えた。廓に居たから俺達は今愛し合えるんだ」
「ふ……ッ、うう……」
翔太は俺の肩に顔を埋め、声を押し殺して泣いた。いつも俺よりずっと大人で、どこか楽観的な翔太が泣いたのを見たのはこれが初めてだった。
翔太が泣き止んでから二人で眠った。きっと目が覚めるのは夕方頃だろう。初めて同じ布団で手を繋いで眠った今日、長い長い道を翔太と並んで歩く夢を見た。
春樹(源氏名:桜)
翔太(源氏名:桔梗)
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