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第五話 彼岸花の巻
僕の名前は彼岸花。
「毒花」や「地獄花」とも呼ばれる不吉な花。
本当は柊は別の名前を付けたがったみたいだけど僕が望んでこれになった。だって、ほら……毒毒しくてぴったりでしょ? 鮮血の赤を思い出すでしょ?
見世が開けば僕の時間。お客の下で僕は踊る。男の肉欲をこの身体に刻み込まれ注ぎ込まれて僕は鳴く。たった一夜で何人ものお客と交わって、そんな夜を何度越えても足りやしない。僕の何かが満たされない。それは、そう、この名を貰うずうっと前から____
目が覚めて、でも食事を取る気分にはなれなくて僕は華乱の自室を出て散策していた。と言っても、許可無く外には出ちゃいけないから廊下を歩くだけだけども。まだ日の高い真っ昼間なのに甘ったるい情事の声が聞こえる。
「ん、ッは、やら……まって、あ、あ」
「だーめ」
「ヒッ……あッ、んう……あ」
影は二人分あるのに声は一つしかなかった。抱く方の声も喘ぐ声も同じだった。紛れもなく昼顔と夕顔のもの。彼らは双子だから声が同じなのは当然だ。
暫く立ち聞きしていたら障子戸が空いた。二人とも着物を着ていなかったから何方が何方か分かりやしない。
「誰かいるなーって思ったら彼岸花じゃん。混ざる?」
「混ざる? おいで」
僕が返事をする前に二人に部屋へと引っ張られる。
「どっちとシたい? それとも三人でする?」
「ボクらはタチネコどっちもできるから選んでいーよ」
「じゃあ三人がいい。僕だけネコでもいい?」
僕は布団の上に座った。ちょっと濡れているかと思ったけどもそうでもない。若干温かいだけだ。
「いいよ。んじゃ、始めよっか」
その言葉を合図に、一人は僕の唇に吸い付き、もう一人は寝間着の下から手を入れて足を探ってくる。
「ん……んう、む、……ん、ふ」
接吻の間、頭を押さえつけている手の他に三本の手が僕の身体を這う。唇が離れた瞬間に寝間着を脱がされ、そしてまた舌で口内を犯される。それと同時に下腹部の方もやわやわと揉みしだかれ、それはあっという間に熱を持って反応してしまった。
「もう勃ってる。気持ちいい?」
「んあ、気持ちいい……もっと触って」
「んーでもこっちのがいいでしょ?」
そう言って僕の前に触れていた手を後ろへと滑らせた。割れ目をなぞられ、孔の周りをくるくると指の腹で撫でられる。そのまま押し倒され、もう一人に胸の突起を摘まれる。始まったばかりなのにもう既に達してしまいそうだ。
「身体ビクビクしてる。もうイッちゃう?」
「好きなだけイッていいからね」
「ああ、あ、ッ」
孔の奥まで一気に指を差し込まれ、呆気なくイッてしまった。
「早かったね。何が好きなの?」
「ふたりに、同時にされるの……っ」
華乱に来てからこうして二人以上で抱かれる事は無かった。いつも此処ではお客と一対一だ。久しぶりにこんなふうにされて僕は酷く興奮している。
「いっぱい……もっと酷くして」
「酷く? こう?」
「あああッ、あ、ッ」
二人は突起を強く抓ったり孔に指を何本も入れて滅茶苦茶に掻き回したりした.
「へえ……こういうのが好きなんだ」
「変態なんだ」
ニイ……と二人の口角が上がる。その表情はまるで新しい玩具を前にした子供のようであり、飢えた獣のようでもあった。
「じゃあもういいよね」
身体をひっくり返されて四つん這いの姿勢にさせられた。その意図を理解して僕は軽く足を開く。そのすぐ後に濡れて固くなったものが僕の身体を貫いた。
「うぁ、ああッ」
腰を引っ張られ容赦なく最奥へと押し込まる。
「ねえねえ、コレがどっちのモノか分かる? 君を気持ち良くしてるのは昼顔と夕顔どっちだと思う?」
後ろから声が聞こえる。真上から聞こえる笑い声と同じ声が。どっちがどっちかなんてわからない。最初っから見分けなんてついてなかった。
「わかッ、んあ、わかんなッ、わかんない」
「じゃあ止めた」
「え……」
突然中から引き抜かれ、僕の腰を掴んでいた手が離れた。昂ぶった熱を放置されるのはとても辛い。その分後で与えられる快楽が甘美な事は知っている。でもそういうつもりじゃないらしい。本気で止めたようだ。
「何で……お願い、答えるから続きシて」
二人は顔を見合わせてから交互に言った。
「しょうがないなー教えてあげる。ボクが昼顔ね」
「僕が夕顔。ほらもう一回入れてあげるから目え瞑って」
僕は言われた通りに目を瞑る。暫くしてから再び肉棒が僕の中に入ってきた。
「んッ、は、ああッ、あんッ」
入ってきたモノは僕の中を滅茶苦茶に掻き回す。既に頭が真っ白になりそうだ。
「今度はどっちだと思う?」
さっきのは夕顔。でも夕顔のとは違う動きをしてるから今度は
「ひ、ッ……ッあ、ひる、がおっ、ひるがおっ」
目の前の片割れがにっこりと笑った。当たったか……?
「んぐっ!? んんん」
突然髪の毛を引っ張られ、開いた口にもうひとつの肉棒を突っ込まれる。
「残念、外れ。昼顔はこっち」
「んぐ……う、っぐ」
両手で頭を押さえつけながら喉の奥を突かれているせいで嘔吐きそうになる。それでも必死に舌を動かして昼顔のモノを舐め続けた。当然後ろからの夕顔の責めも止まらない。前も後ろもまるで玩具のように犯されるのが気持ち良くて興奮して、自分でもよくわかるくらいに中を締め付けている。
「ん……んう、ぐっ、うぐ……」
僕がイッたのと同時に避妊具越しに吐き出されたのが分かった。だけどまだ口は解放されない。息苦しさに耐えながらどうにか昼顔への奉仕を続ける。
「んッ……良い子」
頭を押さえつける手が離れて直ぐに口の中に青臭く苦い味が広がった。僕は口を離さずに飲み干し、最後に昼顔の先端を舐めた。
「すっごい気持ち良かった。ねえ、どこで覚えたの? 誰に教えて貰ったの?」
そう聞かれて一人の男の顔が頭に浮かんだ。
「……ご主人様」
幼い頃、母が死んだ後に僕を拾って育ててくれた人。ご飯と寝床を与えてくれた代わりに僕はあの人に身体を差し出した。あの人が褒めてくれるから、喜んでくれるから、可愛いって言ってくれるから、僕は痛くても苦しくても耐えられた。泣くのも我慢できた。あの人の目の前で他の男達に抱かれても気持ちよくなれた。
なのに……僕は捨てられた。「もう要らない」って捨てられたあの日から僕は空っぽだ。何をしても誰に抱かれても満たされないまま。今だってあんなに気持ちよかったのに何も残っていない。
「そっかー」
夕顔らしき方に頭を撫でられる。昼顔はタオルで僕の身体を拭いている。何となく事情を察してくれたのかもしれない。二人なりの気遣いなのか、僕らの間にそれ以上の会話は無かった。
それから何時間か経って見世が開いた。僕らを買えないような貧乏な見物人達が呆けた顔で僕らを見ている。金を持っていそうな男がその中に紛れているけれど僕にとってはどうでもよかった。登楼(あが)ってこなきゃ結局立ち木と一緒だ。暫くしてから何人かが呼ばれて奥の部屋へと入っていく。呼ばれるまでが退屈だ。
「ねえ菖蒲、菖蒲は今幸せ?」
ふと、僕は隣に座っていた菖蒲に声を掛けた。以前はそんな事がなかったんだけど何だか最近、僕に似ている気がしたから。正確にはもっと昔の僕……ご主人様の為だけに生きていた頃の僕に似ている。
「さあな。俺は幸せの定義を知りたいね。急にどうしたんだ?」
「分からないけど何か言わないといけないような気がして」
「なんだそりゃ?」
話している間、僕と菖蒲の視線は一度も合わなかった。二人で格子の向こうを見ながらした淡々とした会話は僕が従事の男に呼ばれたことで終わった。僕が菖蒲に何を求めていたのかは自分でも分からない。ただ、同じ処まで堕ちてこなければいいなとは思った。
お客とのまぐわいは、まるで大きな器に底が空いた柄杓で水を入れるようだ。ただただ何も残らない、何にもならないものだ。
「足りないなあ……」
此処に来れば何かが満たされると思っていた。毎日合法的に交われば胸に空いた穴を忘れられる気がしていた。だから僕は自ら華乱に訪れたんだ。でもやっぱりそんな事はなかった。誰と肌を重ねても残っているのは虚しさだけ……
「出ていこうかな」
もう此処を出ていこう。別に捕まるのも殺されるのも怖くはない。そんな感情すら何処かに置いてきてしまったんだろう。僕は荷物も全部置いたまま、誰にも言わずに独り廓を出た。
ゆっくりと朝日が昇って、いつの間にかまた薄暗くなって、そしてまた空が明るくなって____
これが何度繰り返されただろうか?僕を追って来る者は居なかったしそう言った類の噂も流れては来なかった。それは僕にとって好都合で、何処だか分からないこの地まで歩いてくることができた。目指す場所も無く話す人も無く、ただただ僕は足を進めた。
ふいに目の前の景色が回った。僕が立っている場所が地面なのか天空なのか分からなくなって足を止める。その途端、目の前が真っ暗になって右半身に何かを叩きつけられた。
気づいたら僕は真っ暗闇の中に立っていた。どんなに目を凝らしても何も見えない。
「____」
何処からか声が聴こえた。懐かしい声だ。でも誰の声かは分からない、女の人の声。
そして一筋光が見えた。声はそこから聴こえる。光の方へと歩くと、声の主は両手を広げて優しく微笑み、僕の名前を呼んでいた。
「おかあ……さん?」
「____」
「お母さん、お母さん」
僕と幾つも変わらない見た目の母は走って駆け寄った僕をしっかりと抱き締めてくれた。嗚呼……僕が求めたのは此れだった。快楽ではなく、ただ僕の為に抱き締めてくれる温かい手が欲しかったんだと、やっと気づいた。空っぽで満たされなかったものが溢れて溢れていっぱいになる。
「貴方を独りにしてごめんなさい。でももう一緒に居られるわ」
「会いたかった……寂しかった」
僕は母に抱きしめられたまま、暖かい光に包まれた。
それから僕は時折華乱を訪れている。見れば相変わらず昼は静かだし夜は賑わっている。たまに前みたいに昼顔と夕顔がまぐわっている。僕は二人に声を掛けた。
『ねえ、また僕も混ぜて』
そう言っても二人は僕の方を見ずにただじゃれ合うように交わっていた。
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