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第八話 昼顔、夕顔の巻

「***」の記号で視点が変わります 「ボク」が昼顔 「僕」が夕顔です   ボクらは鏡に映したように良く似ている。顔も身長も体型も声も髪も好きなものも全て。 「何で昼顔はタチで夕顔はネコなの?」 って、よく聞かれる。そしたらボクらは決まってこう答える。 「そしたらどっちもできるじゃん!」 ボクらはよく似ていて、見分けられる人は少ない。だからボクらはよく入れ替わる。つまり片方がタチで片方がネコならば、入れ替わればどちらにもなれると言う事だ。  ボクらはずっと一緒にいて、ずっと同じ事をしていた。食べる順番も、遊ぶ物も一緒だ。出掛ける時は仲良く手を繋いで歩いていた。攫われたあの日だって繋いだ手を離さなかった。 「隣良いか? えーと……夕顔?」 「撫子さん! どうぞ〜」 寝間着姿のまま食堂で朝ご飯を食べていると、ボクの隣に二つ上のネコ花魁の撫子が座った。着物はボクらを見分ける為に違う色の物を着ているけれど寝間着は同じだ。だからちょくちょくボクと夕顔は間違えられる。 「撫子さん、ボクは昼顔ですよ」 「悪い。昼顔だったか」 「僕が夕顔です」 「そうか」 もう一度悪かった、と詫びて撫子さんはお茶漬を掻き込む。 「因みに嘘です」 「は?」 「嘘でしたね〜」 ボクが言えば夕顔もノッてくる。どうせ噓もほんとも分からない。撫子さんは箸を止めて交互にボクらを見た。 「どっちがどっちだよ?」 「あははははははは」 こうやって人をからかって遊ぶのは楽しい。お客さんだってボクを指名したつもりで夕顔に抱かれても気づかない。夕顔を呼びながらボクを抱く客はかなり滑稽に見える。 「おい、昼顔か? 声外まで響いてんぞ」 「向日葵だ、おはよー」  向日葵はこの郭で唯一ボクらを見分けられる。何でかは知らないけど。向日葵は夕顔の隣に座りながら小言を言う。 「あんまからかうなって言ったろ? 撫子怒らせんなよ」 「だって面白いんだもん」 「俺は面白くねえよ」 撫子は苛立ったように眉間に皺を寄せた。ボクはそれすら可笑しくて笑ってしまう。向日葵は溜め息をついただけでそれ以上は何も言わなかった。 ***  夕方、見世が開く少し前に僕らは着物を交換した。今日は僕が昼顔で、昼顔が僕になって客を取る。時間になったら何食わぬ顔で格子越しに外が見える、いつもの部屋に入った。  暫くして一人、また一人と指名を受けた花魁がこの部屋を出ていく。待っている間は退屈でしかない。袖で口を覆いながら欠伸をしたら、隣で昼顔も袖で口元を隠していた。 「昼顔さん、夕顔さん、ご指名です」 「ん?」 「二人一緒?」 僕が聞くと、呼びに来た男は頷いた。二人いっぺんに指名されるのは珍しくない。僕らは同時に立ち上がる。 「お部屋へご案内します」  通された部屋で胡座を掻いて待っていたのはよく見知った男だった。短くぼさぼさの黒髪に無精髭、目は鋭く凶悪顔。あの頃と何も変わってない。忘れもしない、まだ幼い子供僕らを騙して郭へ売った張本人だ。散歩の途中に声を掛けられ、そのまま小屋に暫く監禁されていた。やっと小屋から出た時はもう柊さんがこいつにお金を払った後だった。 「よお、八年ぶりだな」 「初めまして上垣様。夕顔と申します。隣に居るのは僕の双子の兄、昼顔です」 僕らに話し掛けてきたのを無視するように、僕のふりをした昼顔が恭しく三つ指を付いて挨拶をした。同じように僕も頭を下げる。 「ご指名ありがとうございます。昼顔と申します」 「おいおい、何だよ二人して……まさか俺の顔を忘れたのか?」 「いいえ。ただ此処で習った通りの挨拶をしただけでございます」 昼顔が着物の袖で口元を覆って答える。笑顔だが目の奥は笑っていない。それに気付いていないのか、上垣は上機嫌に僕の腰に手を回した。 「何だそうか。お前が昼顔だっけか? ほらもっとこっち来てその顔を見せてみろ」 「ふふ……見るだけでいいのですか?」 僕は挑発した。こいつをどうやっておちょくってやろうか? 頭はその事でいっぱいだ。 「ふん。五月蝿え糞餓鬼が随分変わったな。どれだけ淫乱になったか見てやろうか」 そう言って上垣は僕を押し倒した。僕の着物に手を掛けようとしたところで昼顔が止める。 「お待ちください上垣様。昼顔はタチ側です。抱かれる側は僕の方ですよ」 「んなこたあ知ってるよ」 上垣は鬱陶しそうに言った。ならば何故……僕がそう問う前に続けて言う。 「お前らが入れ替わってるからだろ」 「何故分かったんですか……?」 僕は聞いた。上垣は僕の着物を脱がす手を止めずに答える。 「そいつがお前を庇おうとするからだ」 「え?」 そいつ、と上垣は昼顔を指差した。昼顔は驚いた顔で上垣を見ている。 「あん時もそうだ。閉じ込めた小屋で俺がお前らに近づくと必ず兄貴の方がちょっと前に出てくる。さっきも部屋に入って俺と目が合った瞬間もそうだ。弟に何かする前に自分が先に犠牲になろうってんだろ?」 「当たり前だ。ボクの夕顔を傷付けるなんて許さないね」 昼顔はとても怖い顔をしている。初めて見た顔だ。口元の笑みも消え、怒った時の柊さんみたいに目を釣り上げて上垣を睨みつけている。 「そんな顔したって無駄だ。どうせお前らは花魁で俺は客。お前らが俺に逆らえるわけがねえんだからな。お望み通りお前からヤッてやる。おら、とっとと股開け」 「昼顔っ!」 上垣は俺の上から退いて昼顔の腕を掴む。僕は咄嗟に昼顔を呼んだが、昼顔は腕を引かれるまま、上垣との距離を縮めた。 「股開くのはアンタの方だよ。ボクがタチだって知ってるんだろう?」 「あ"?」 「アンタのお陰で男を抱けるようになったんだ」 昼顔は上垣を押し倒し、その腹の上に座った。 「夕顔、これ逃げないように押さえてて」 「巫山戯んな! おい、止め……んむ……」 僕は言われた通り上垣の手を押さえ、口を塞いだ。多分また柊さんに怒られるかもしれないけれど今はとても気分がいい。昼顔は安物の服を引っぺがして上垣の身体を撫で回し、手に潤滑剤を塗りたくって早々に尻へと手を伸ばす。まだ十三の子供だった当時は二人がかりでも力では敵わなかったのに、今はあっさりと押さえ込めてしまう。 「ん……んんん、んむう、ッふ……」 「なあに? 何言ってるか分かんない」 「んぐう!? んん……んんうう」 昼顔は上垣の足を開かせ、容赦無く尻穴に性器を突き刺した。上垣は助けを乞うような目で僕を見上げるから僕は満面の笑みで見つめ返す。 「んゔ、んん、ふ……ゔゔ、ゔ」 「あはは、いい顔」 ***  ボクはがむしゃらに上垣に腰を打ち付けた。達しては避妊具を付け替えてまた貫き、また射精するまでひたすら中を突き続ける。これをニ度繰り返しているけれど上垣は一度もイッてない。ただ苦痛に顔を歪めているだけだ。  三度目の射精を終えてボクは上垣の足から手を離す。それを見て夕顔も上垣を押さえつけた手を離した。 「く……そ、ッ……夕顔、お前を同じ目に合わせてやる……俺がお前を抱くもんだろ? 兄の前で滅茶苦茶にしてやる……」 そう言って上垣は夕顔に手を伸ばす。夕顔は両手で包み込むように上垣の手を握った。 「僕と昼顔が入れ替わったのは本日が初めてではありません。僕だってタチ側ができるんですよ?」 「巫山戯んな、ッ」 上垣は寝転がったまま威勢良く怒鳴る。どうせ腰と尻の痛みで身動きなんて取れやしない。夕顔は上垣に覆い被さった。 「気持ち良くしてあげるからそのまま堕ちなよ」 夕顔がそっと上垣の頬に手を添えてそう言った。上垣は真っ青な顔で固まっている。  その後、上垣が夕顔にも抱かれて善がり、自ら腰を振って汚い声で喘ぐようになった。そしてもう二度と子供を攫って売り飛ばすような真似はしないと誓わせた。  入れ替わった事と、客を無理矢理犯した事と、揚代を取らなかった事は案の定見世が閉まってから柊さんと、久弥さんからも雷が落ちた。だけどボクらがとても清々しい気持ちで朝を迎えたのは言うまでもないだろう。  

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