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第2話 田舎から王都へ
ポクポクと長閑な馬の蹄の音に、ヤトは荷馬車の後ろでうつらうつらしていた。
夢を見ているのか、小さな狐の耳がピクピクと動き、時折、ファサリファサリと、小さな尻尾が揺れている。
雪に埋もれていた山の姿はすでに遠くに離れ、王都へ向かう街道沿いは緑にあふれている。鳥の暢気な鳴き声に、御者の狐の獣人の老人もつい笑みを浮かべる。まだ国の外れと言ってもいい街道には、急ぎで向かう者もいない。もう少しで最初の宿場町に着く。
「ヤト~、そろそろ起きろ~」
老人の声にも、ヤトはまだ目が覚めない。
なにせ、コーシュ村を出たのが日の出前。老人の荷馬車のあるところまで、山裾にあるヤトの家から歩いて一時間もかかるのだ。朝というよりも夜中のような時間に起きたのだ。ヤトにしてみれば、いつもならまだまだ寝ていたい時間だった。
「ほれ、ヤト、起きろ~」
「ふぇっ? あ、ヨロじーちゃん、ごめんなさい。僕、寝ちゃってた」
「おぉ、まぁ、仕方あるめぇ。そら、あそこにいる乗合馬車が、王都へ向かうヤツだ」
宿場町の中心の広場には、大き目な乗合馬車が二台止まっていた。一台は王都へ、もう一台は隣国のウルヴズへ向かうものだった。
「ヨロじーちゃん、ここまでありがとう。気を付けて帰ってね」
「ヤトも頑張れよ」
「うんっ!」
背中よりも大きな古いリュックを背に、ヤトは乗合馬車の方へ駆け出しながら、老人に大きく手をふる。老人は、そんなヤトを心配しながらも、荷馬車に再び乗り込んで去っていく。
すでに日が高くのぼっているせいで、ヤトの額にはしっとりと汗が浮かんでいる。目的の乗合馬車のところまで行くと、二人ほどの武装した獣人が立っていた。
「あのっ、これが王都に行くやつですかっ」
ヤトの二倍もありそうな背の高さを誇る獣人二人。一人は狼族、もう一人は虎族だろうか。とっても強そうな二人に向かって、ヤトは頑張って声をかけた。
「ああ、そうだ」
無表情に答えたのは虎族。頬に斜めに入った傷が、余計に精悍に見える。隣に立つ狼族はチラリと目を向けたがすぐに周囲に視線を戻す。
「あ、ありがとうございますっ」
ヤトが乗合馬車に乗り込もうとすると、入口に立っていた小柄な犬族の男が「運賃が先だよ」と手を差し出した。
「う、運賃……?」
「先に金を払わないと乗れないんだ」
犬族の男は、小さなヤトに教え諭すように言う。そこで、ヤトは家を出る前にエイブから渡された紙のことを思い出した。乗合馬車の乗るときは、まずはこれを見せなさい、と言われていたのだ。
慌ててリュックを下ろして、蓋を開ける。一番上に乗っていたその紙を見つけると、犬族の男に差し出した。
「あ、あの、これ」
男は訝しそうな顔でその紙を受け取り中を開くと、大いに驚いた顔になった。
「おやおや、お前さんはイズラエル様のところに行く子かい」
「あ、はいっ」
エイブから王都での雇い主、イズラエルの名前は聞いていたので、ヤトは大きく返事をした。
「そうかい、それじゃ、金はいい。さっさと乗りな」
「い、いいんですか?」
「ああ、これにも書いてあるんだが、金は向こうに着いたらイズラエル様が出してくれるとさ」
「そうなんですね。よかったぁ……」
本当は、ヤトは心配だった。もし、お金を先払いしなくちゃならなくなったら、今回ヨシュから渡されたお小遣いと、大した金額ではないものの今まで貯めてたお金、それを使わないといけないのかな、と不安だったのだ。そもそも、その金では王都までなど行けなかったが。
馬車に乗り込むと、すでに乗り込んでいた狐族の客が数人、奥の方に固まるように乗っている。
「よろしくお願いしますっ」
ヤトはぺこりと頭を下げる。それに反応するように、数人が小さく頷く。それでも声をかけてくるわけではない。それにちょっとだけ寂しい気持ちになった。
入り口近くで重いリュックを背中から下ろし、ヤトはギュッと力を込めて抱え込む。
――これから新しい生活が始まるんだ。がんばるもん。
小窓から見える見慣れない町の風景に、ヤトはこれからのことにワクワクして小さな尻尾をパタパタと振り続けた。
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