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第5話 初めてのお留守番

 ヤトがウーズ商会に雇われ始めて、一週間が経った。  初めて店に着いてイズラエルに挨拶をした日、エミーからの引継に四苦八苦しながら、ヤトはなんとか仕事をこなしている。基本的には店番と品出し、そしてお得意様の顔と取り扱い商品を覚えること。それだけなのだが、それがなかなか難しい。  もう一人の従業員、狼族のリュカは小口の取引の御用聞きに外に出回ることが多い。そして支店長のイズラエルは……基本的に表に出てくることはない。イズラエルが出る時は、大きな取引がある時だけ。それまでは店の奥の方で、何やら書類整理をしているらしい。  事務所の中の書類の多さに、ヤトはびっくりで、こんなにたくさんの書類をこなすイズラエルを余計に尊敬の眼差しで見るようになる。本当は、もっと早くに処理できるはずなのに、とエミーとリュカは生温い目で見ているのにも気づかない。 「ヤトくん、悪いんだけど、今日は午後から一人でお留守番してもらえるかな」  エミーがダリウスと結婚で国に帰るために、親族たちへの土産を買い出しに行きたいのだという。護衛の仕事の合間でようやくダリウスに休みが出来たのが今日の午後からだったのだ。 「はいっ。大丈夫ですっ」  正直、一人は心配だったが、奥にはイズラエルもリュカもいる。そう思って返事をしたのだが、リュカも外出することになっていたとは知らなかった。 「ごめんな。定期的に顔出してるお客さんが、今日の午後をご希望なんだ」 「大丈夫ですっ」  そう、まだイズラエルがいる。  ……滅多に表には出てこないけど。  ヤトは二人を見送り、カウンターの中へと戻る。手元にはお得意様の名前と商品の一覧が書かれている。  ウーズ商会の商品には、薬草や香水、工芸品、さらには骨董品など、様々な物がある。強いて言えば食品の取り扱いがないだけで、大概のものはこの店で買うことが出来る。ただし、一つあたりの単価が高い。リュカが行く小口の取引にしても、実は表通りで売っている物などより桁が違ったりする。  いつか自分もリュカのようになれたらいいな、と思いながらも、まずは来店してくるお客様のことを覚えなきゃ、と必死に一覧を読んでいた。  あまりに集中しすぎて、ヤトは店のドアが開いたことに気付かなかった。 「おい」  不機嫌そうな低い声がヤトの頭の上から降って来た。 「あ、は、はいっ、いらっしゃいませっ!」  ヤトは慌てて顔をあげて、目の前に立った男にポカンと大口をあけたまま固まってしまった。なぜなら、目の前に立っていたのは、新聞などでよく見る顔だったから。獅子族が頂点を極めているライオス王国の第二王子が、キラキラの王子の衣装でそこに普通に立っているのだ。 「アラン王子……」  思わず呟くヤトに訝し気に目を向けてから、大きく目を見開く。 「お前、銀狐か」 「アラン様、お待ちしてましたよ」  王子の言葉に被せるように声をかけたのは、いつの間にか奥の部屋から現れたイズラエルだった。イズラエルはアランには作り笑いを貼りつかせ挨拶すると、ヤトにはにっこりと格別の笑顔を向ける。 「イズラエル。悪いな。それより、こいつは」 「新しく雇った子です。ヤト、ご挨拶なさい」  イズラエルの言葉に、固まっていたヤトも慌てて挨拶をする。 「ヤ、ヤトと申します。よろしくお願いします」  ペコリと頭を下げる姿を、アラン王子は厳しい眼差しで見下ろす。そのままの視線でイズラエルに目を向けるが、イズラエルは涼しい顔でニコリと笑う。 「……ああ、よろしく」  それだけ言うと、イズラエルに誘われて奥の部屋の方へと入っていく。 「やっぱり、アラン様は獅子族だけあって、迫力が違う……っていうか、あんな大物が来るんだったら、一言言っておいて欲しかったよ……」  まさか王族までが相手だなどと思ってもいなかったヤトは、ぺたりとカウンターの裏に置いてあった小さな椅子に、力なく座り込んだのだった。

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