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第6話 主様の腕の中
ヤトの日々は忙しなく過ぎていく。気が付けば王都に着いてから二週間が過ぎ、いよいよエミーが王都から旅立つことになった。これでヤトは完全に独り立ちしなくてはならない。今までは、なんだかんだとエミーに頼ってばかりだったが、これからは、一人で店番を頑張らないといけない。
「まぁ、リュカもイズラエル様もいるから、大丈夫でしょ」
エミーはそう気軽に言うが、ヤトのほうは二人ともが当てにならないことを、すでに嫌というほど経験していた。エミーが何かと結婚の準備だからと店を開けることが多く、その間、一人で店番をしていたヤトだったが、肝心な時にリュカが外出してしまうことが多かったのだ。あの滅多に出かけないイズラエルですら「ちょっと出てくる」と出かけた途端に、困ったお客さんが来るのだ。
おかげで毎回、目に涙をためながらの接客のせいで、一部のお客さんには『泣き虫ちゃん』と呼ばれるほどになってしまう。その筆頭が、アラン王子だ。
「エミー、幸せになれよ。ダリウスも気を付けていけよ」
「……お前に言われるまでもない」
なんと尊大な言い方をするんだろうとヤトが目を真ん丸にしてダリウスを見つめるが、ダリウスはフンッと鼻で笑ってエミーを抱きかかえ馬に乗せ、その後ろに颯爽と飛び乗った。
「ダリウス兄さん、気を付けて。国の皆にもよろしく」
そう声をかけたのはイズラエル。
――えっ!? まさか二人は兄弟だったのっ!?
ヤトは目を白黒させながら、二人の顔を見比べている。正直、ダリウスは綺麗というよりも、同じ護衛をやっていた虎族のゾードと並んでも見劣りしない精悍な顔立ちだった。鍛え上げられた体つきからも、同じ狼族とはいえ、別の生き物のようにしか思えない。
「……お前も、後から来るのだろう?」
ダリウスはなぜだかチラリとヤトに目を向けたが、すぐにイズラエルへと視線を戻す。
「そうですね。二人の結婚祝いや土産一式を送り終えたら、追いかけますよ」
「……待ってるぞ」
「はい」
二人の会話に思考が追いつかないヤトだったが、馬が二人を乗せて動き出した途端、弾かれたように後を追いかけた。
「エ、エミーさーんっ!お幸せにーっ!」
ヤトの声に、にこやかな顔を振り向かせ、手を振るエミーに、ヤトは思わず涙が零れた。
「帰ろうか」
そう言ってイズラエルはヤトのまだ小さな肩に手を回す。ヤトは小さく頷くと、イズラエルやリュカとともに店の方へと促される。そんな三人の様子を、アランは小さくため息をつく。
「ありゃ、もう決定なのかね」
そうポツリと呟く言葉は、周囲を守る護衛たちにも届かなかった。
* * *
エミーたちが旅立ったその日。ヤトは店の二階にある自分の部屋のベッドの中、ひっそりとシクシク泣いていた。
自分がコーシュ村を旅立った時すら、寂しいとも思わずに、ただひたすらワクワクしていたのに、エミーがいなくなって、一人で頑張らなくちゃ、と思ったとたん、村に残っている長男のヨシュやその嫁のアガサ、ヤトにとっては姪っ子にあたるタリダの姿が目に浮かんだ。そして次男でもあるエイブや他の兄や姉たちの姿が目に浮かんでは消え、無性に村に帰りたくなってしまったのだ。
こんなことは、誰にも言えない。そう思って一人で毛布にくるまっていると、部屋のドアがコンコンと軽くノックされた。
ヤトは慌てて涙を拭い、「はいっ」と大きく返事をする。
「……ヤト、大丈夫かい?」
そう言って声をかけてきたのは、シルクのパジャマに濃紺のバスローブを羽織ったイズラエルだった。
ヤトの部屋はなぜかイズラエルの寝室の隣に位置しており、ヤトはできるだけ声を抑えて泣いていたつもりだったが、狼族のイズラエルの聴力にしてみれば、容易に聞こえてしまうものだった。
「だ、大丈夫ですっ」
そう返事はしたものの、涙は簡単には止まってくれない。ヤトは不甲斐ない自分を悔しく思いながらも、何度も涙を拭う。
「ああ、そんなに何度も擦ってはいけない」
ドアを閉めて駆け寄るイズラエルは、小柄なヤトを抱きしめる。
「いいんだよ、泣きたければ泣きなさい。私が傍にいてあげよう」
「イ、イズラエル様っ」
――ごめんさい。今だけ、泣かせてください。明日から、明日から頑張りますから。
ヤトは堪らず、イズラエルの温かい腕の中で涙が枯れるまで泣き続けた。
そんなヤトの銀色の毛並を何度も撫でてはキスを落とし、笑みを浮かべるイズラエル。いつの間にか泣き疲れたヤトは、イズラエルの腕の中の温もりに、笑みを浮かべて眠ってしまっていた。
「おやすみ、ヤト。明日から、頑張ろうな」
イズラエルはそう言うと、ヤトを抱きかかえたまま、ベッドの中へと潜り込んだのだった。
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