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第11話

「……それで家を飛び出してふらふらしてたところをオーナーに拾ってもらったんです」  話し終えて、ようやく自分で淹れたローズとベリーの香るフレーバードティーに口を付けた。冷めてしまったがやはり高級品は香り高い。  オーナーの手元を見るに、きちんと減っているので淹れ方もまずまずだったと思われる。  湊は静かにポットのお茶を注ぎ足した。  竜次郎の祖父から別れてくれと頼まれたことは、言うとオーナーは湊のために怒ってくれそうなので避けて、助けられて仲良くなった経緯、依存しすぎてしまうことが怖かったことと、生きていく世界の違いを思い知って逃げ出したとだけを話した…のだが。 「……………………」 「あの………」  真意を探るようにじっと見つめられて、故意に隠した真実へとたどり着かれてしまうのではないかと少し怖くなる。  今ので全部です、と重ねておずおず伝えると、オーナーはすぐににっこりした。 「ありがとう。よくわかった。…辛いことを思い出させちゃってごめんね」 「いえ、俺も話せたことで少しは自分の中で整理がついてたのかなって確認できて、よかったです」  あれからすぐは一人になると寂しくて泣いてばかりいた。  オーナーや『SILENT BLUE』のスタッフがいてくれたおかげで竜次郎のことを考えない時間が増えて、それも悲しいことに蓋をしただけのような気もしていたが、見ないでいるうちに少しづつ癒えていたのだとわかる。 「そういうことは、あるよね」 「…オーナーにも、あったんですか?思い出すのが辛い過去とか…」 「全体的にエグい話だけど、聞きたい?」  同意が深かったので聞いてみたが、今話すことではないと言われた気がして好奇心を引っ込めた。  言いたくないことを聞くつもりはない。 「…………オーナーが、話したい時があればいつでも聞きます」  湊の言葉に、目の前の麗人は美しく微笑んだ。 「うん、僕の気持ちを良く汲んだ、いい返事だ。湊はもともと素質あったけど、いいキャストに育ったね。会話の間合いをよく分かってるし、一緒にいて居心地がいい」  正解だったらしい。思いもよらない過分な言葉に恐縮してしまう。 「あ、ありがとうございます。オーナーにも店長達にも…あとお客様にも、色々教えていただけるので、成長できてたら嬉しいです」 「『SILENT BLUE』も湊にはたくさん助けられてると思うよ。桃悟も望月も有能だけど癒しにするはちょっと主張が強いから。二人とも『眠兎』には随分学ぶところがあったはず」  桃悟(とうご)望月(みづき)、というのは店長と副店長のことだ。  クールでスタイリッシュな店長と、溌剌として爽やかな副店長。  湊も『SILENT BLUE』のオープニングスタッフではあるが、この二人は少しレベルが違うというか、人としてのグレードが違うというか、副店長は気さくな人なのでよく雑談などするものの、とても「同じスタッフ」として括ることは出来ない気がする。 「俺なんて教えられてばかりで…。教養がなさすぎて店長にはよく冷えた眼差しで見られてますし……」  表情が想像できたのだろう。オーナーが吹き出す。 「そういうところがさ。知らないことを聞くのだってコミュニケーションの一つになるのに、いつでも気の利いたことを言わないといけないと思ってる硬さが窮屈に感じる時があるんだよね」  そんな風に考えたことはなかった。キャスト道は奥が深い。 「まあ、なんとなく事情はわかったから。この件で何か困った事案が発生したら言って」 「はい……、あの、でも、お仕事のことは俺の事情には関係なく進めてくださいね」  オーナーにも、竜次郎にも不利益があるのは辛いことだ。  ついとティーカップの縁を細い指先でなぞったオーナーは、うーん、と思案する。 「でも僕が一番大事なのは、ビジネスより僕が選んだ大事な仲間、つまり家族だからね。それを悲しませるようなクズなら生まれたことを後悔するくらいの目に遭わせてやりたいところだけど、……微妙なジャッジかな」 「び、微妙でしたか?俺が一方的に逃げ出しただけで竜次郎は何も」 「追いかけてこなかったところが僕的にはアウトだけど、まあそこは考慮すべきところもあるかもしれないし二人の問題だからギリギリセーフ?」  あの後竜次郎が湊を探したかどうかは…わからない。  スマホも解約して、母親にも無事だという連絡はしたものの居場所は教えていないので、興信所でも使って調べでもしない限り行方はわからなかったのではないだろうか。 「俺は……いいんです。あのまま一緒にいても、きっと駄目だったと思うから」  オーナーはそれ以上は何もそのことには触れず、紅茶を飲み終わると「お大事に」と再度からかって帰っていった。

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