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第12話
都心の高層ビルのさる階に店を構える完全会員制クラブ『SILENT BLUE』の営業時間は十八時から零時までだ。
開店三十分前にはスタッフがフロアに集まりミーティングがあるので、湊はその十五分前には部屋を出る。部屋から一分かからない。近いのは有り難いが、公私の気持ちを切り替えるには少し足りない気もする。
「おはようございます。昨日は突然早退してすみませんでした」
服を整えてフロアの方に声をかけると、開店準備中の副店長、染井 望月 がはたき片手に振り返った。
「おはよう、湊」
浮かんだ笑顔は、しかし湊を見ると曇る。
「湊、なんか顔色悪くないか?大丈夫?」
「えっと、ちょっと寝不足なだけで、大丈夫です」
「昨日のアレのせい?」
湊がオーナーの連れて来た客と何か揉めて早退したということは、あの場にいたスタッフ全員の知るところだろう。
まさしく『昨日のアレのせい』で色々考えてしまいよく眠れなかったのだが、素直に言うのも憚られて、曖昧に微笑むに留める。
「大分元気も無さそうだし、もし辛ければ有休にするから帰って寝たら?な、桃悟。いいよな」
望月に無遠慮にカマーベストの裾を引っ張られ、同じく開店準備中のダスターを持った店長、染井桃悟 は溜め息をつきながら振り向いた。
実はこの二人は義理の兄弟で、再婚した両親の連れ子同士らしい。
店長と副店長というよりは親友同士のようなやりとりをする。
「……勝手に決めるな。あまりザルなことをするとまたあの守銭奴にガタガタ言われる。」
「あの守銭奴は何がなくてもガタガタ言うだろ」
いかにも嫌そうに二人が語る『守銭奴』というのは経理担当の三浦という男のことだ。
週に一度やってきて売り上げを確認していくのだが、笑っているところを見たことがない。とても厳しい人というイメージがあり、経理という言葉で思い浮かべるイメージよりもかなり若く、オーナーや店長達と並んでも遜色ないほど整った顔立ちをしているが、纏う空気には裏社会の気配が濃厚だ。
「月華は金を惜しむなって言うし、守銭奴は消耗品の補充頻度にまで口を出してくるし、そこは上の方で擦り合わせておいて欲しいよな……」
中間管理職的な悲哀を覗かせた望月に、慌てて首を振った。
「だ、大丈夫ですよ俺。有休なんて。別に体調悪くはないですから。今日もしっかり働きます」
どうする、という視線を送られ、桃悟は湊にさっと視線を走らせてから、中間でまとめることにしたようだ。
「お客様にご迷惑をお掛けしそうだと判断したら、早退しろ」
「はい。…昨日は」
「事情は月華から聞いている。榛葉に―――――」
言葉の途中で備え付けの電話が鳴り、望月が受話器を取った。
「はい、『SILENT BLUE』で……、……湊に?あー、もしかしてそれ」
自分の名前が出たので、ついそちらを注視すると、望月はしまった、という顔になった。
「俺ですか…?」
「ん…ちょっと聞いてみるのでそのままお待ちいただいてください」
電話を保留にすると、困ったように頬をかいて、ロビーからなんだけど、と歯切れ悪く言う。
「……例のアレ、昨日の今日で来ちゃったらしいんだけど、どうする?」
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