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第18話
ネタとか人気とか言われても…。
困り果てて、白いフリルシャツを何の違和感もなく着こなす美貌を見つめ返したが、フォローなど望むべくもなかった。
仕方がないので質問をしてみる。
「えっと…オーナーから聞いたんですか?」
「月華の周辺の出来事は、大体報告を受けることになってる…。警護の…都合上…」
「そ、そうなんですか。妙な情報をお聞かせしてしまって…」
「聞いたらきっと喜ぶ友人がいるから…ネタ部分だけ聞かせて欲しい…」
「ネタ……」
何か、恋愛小説でも書いている友人がいるのだろうか。
オーナーが見せた気遣いと真逆の無遠慮さに、妙な脱力感を感じる。
不躾な言葉に怒りや悲しみを感じなかったのは、彼の中でそれがデータ以上のものではないというのがはっきりと感じられたからかもしれない。
もういいか、という気持ちになって、事情をかいつまんで話した。オーナーに話せなかった竜次郎の祖父とのことまで話せてしまったのは、ネタという認識の為せる業か…。
ところが、話が終盤になると八重崎の表情が曇り始めた。
それまで全くの無感情だった瞳に、怒りらしきものが浮かんでいる。というか目が据わっている。
何か逆鱗に触れるようなことを言ってしまっただろうか。
「…あの…」
どうして怒っているのかと聞こうとすると、ボソリと。
「『相手の未来のため』とか一番駄目なやつ…」
「……えっ?」
「『俺の幸せをお前が決めるのか』」
「え……あの、す、すみませ……」
「二人のことは、二人で決めないと、バッドエンドフラグ一直線…」
「は…はい…すみません…」
言っていることはなんだかよくわからないが、綺麗な顔が怒ると迫力があって、つい謝ってしまう。
「ガチムチ極道はそんなに甲斐性なし?」
「そんな…こと、ないです」
「奪っておいて責任も取れないようなクズなら別れて正解…」
「違います、ただ俺が弱かっただけで、竜次郎は、何も」
「人は、簡単に死ぬ。どちらかがいなくなれば、残った方は未解決の問題を一生抱えて生きていくことになる……。受け入れがたい結末になるかも知れなくても、始めた以上は最後まで真摯に相手と向き合わないと駄目」
すっと眇められた瞳に射抜かれて、ドキリとする。
「………俺、は………」
言葉が出ない。
つい先日も向き合えずに逃げ出して来たばかりだ。
今まで自分のことばかりで、竜次郎がどんな想いでいるかを慮ることはできなかった。
彼には大切なものがたくさんあって、湊がいなくても幸せだろうと思っていたから。
だが、この五年間、竜次郎も湊と同じような喪失感に苦しんだのだとしたら―――――
「……これは、ただ木凪がそう思うだけ。きっと…桜峰湊には桜峰湊の考え方と人生観がある…。真に受ける必要は、ない」
思考に沈みかけた湊を呼び戻すように、八重崎が元の無機的な表情に戻る。
「『普通は、そんな風に割り切って考えられない、お前に感情がないからだ』って、言われるから。気にしないで。ネタとしては、美味しかった。話してくれてありがとう」
「いえ…………、その、俺もよく考えてみます。あの、八重崎さん」
「うん?」
「感情がない、は違うと思います。さっき八重崎さんが怒ってて、少し怖くて、でも、ワクワクしました」
ごくごく僅かに覗かせた感傷をそのままにしておきたくなくて、余計かと思ったが素直な気持ちを告げた。
「………………わくわく?」
「感情の動きが見えたからかな?ギャップ?」
「よく…わからない。でも勝手に気遣って離れようとする相手にはイラっとする」
「ええと、それは八重崎さんの……」
問いかけは、ドアを開く大きな音で掻き消された。
乱暴な来店をしてきたのはもちろんお客様などではない。
銃を持った目つきの悪い男達だった。
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