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第19話

 あれよと言う間に拘束されて、フロアの中央に5人の男達に囲まれるようにして据え置かれて今に至る。 「意識のあるまま放っておくとか……釣れたのが少し末端過ぎた……」  ボソッと横から聞こえてきた無感情な声。 「お、落ち着いてます……ね」 「こういうことはよくある…。桜峰湊も中々堂々とした捕らわれ方だった…」 「その…どうも」  抵抗しなかったのは、その方が身の危険が少ないとか、そんな冷静な判断の結果ではなく、ただ単に竦んでしまったせいだ。  情けないとは思うが、男達が武器を持っていなかったとしても結果は同じだっただろう。無遠慮に伸ばされる手が、怖いのだ。  とりあえずすぐに何かされるということはなさそうで、恐怖を募らせないようにしようと小声で隣に話しかけてみる。 「あの人達に何か心当たりはありますか?」 「八重崎木凪の頭の中には金の亡者垂涎の情報が沢山つまってる…。」  彼のIQがものすごく高いのだというのは以前に聞いたことがある。  超人と呼ばれるレベルの記憶力で、一度目にした文章は絶対に忘れないのだそうだ。 「その要人がボディーガードも伴わず、人気のないビルに一人という設定……」 「設定?」 「そういう情報を……さるならず者達に故意に流した」 「え……。その、何のために……?」 「………………………企業、秘密」 「は、はあ……」 「知れば、裏の稼業に片足を突っ込むことになる…」  聞いてはいけないことらしい。  男達は、何やら電話で連絡を取り合ったり、話し合ったりと落ち着きがない。  八重崎が男達の話に微かに反応したように見えて、ふと隣を見ると目があった。 「…………奴らの話が、分かる?」 「いえ、全然わからないですけど、八重崎さんにはわかるんですよね」  湊の外国語の知識は高校卒業までに習った英語のみで、男達の話す言葉は『中国語っぽいかな?』くらいしかわからない。 「……何を話してるか聞きたい?」  聞きたいと言えという圧力を感じて、「聞きたいです」と素直に告げた。そんな風に言われたら普通は気になる。 「奴らは熊五郎の組の話をしてる」 「熊……あの、竜次郎ですか……?」  一瞬、本気で誰の話かと思ってしまった。  念のため別人でないことを確認すると、八重崎は「その十三郎の組の話……」などと言って、まったく正確に名前を表現する気がない。  だが、脱力しているところにもたらされたのは、恐ろしい情報だった。 「海外のマフィアが日本で黒い商売をしたい場合、それなりに名の通った組を介すと売りやすい。企業で言うなら買収。名前だけそのままにして、頭を挿げ替える」 「っ………」 「あそこは、規模は小さいけど昔気質の任侠的組長のカリスマで周囲から一目置かれている。しかも、ナンバーツーは若輩。今日本に参入したいマフィアに人気の物件」 「そんな……」 「こんなところで内部情報を垂れ流してる……奴らは本当に末端。でもその上はそれなりに力のある組織」  『人は、簡単に死ぬ。どちらかがいなくなれば、残った方は未解決の問題を一生抱えて生きていくことになる……』  先程の八重崎の言葉が脳裏を過って、目の前が暗くなる思いがした。

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