21 / 112

第21話

 闖入者を誰何するものであろう声とともに、一斉に銃口がそちらを向く。  三浦に襟首を掴まれ引きずられている意識のない男は、恐らく廊下にいた見張りだろう。  三浦は向けられた銃口にその肉の盾を向けて、男達と何事かやり取りをする。  成人男性を片手で釣り上げる膂力がその細身の体のどこに詰まっているのか。三浦の全身から迸る怒りのオーラに、男達が明らかに怯んでいるのがわかった。  一人が恐怖に耐えかねたように大声をあげて発砲する。その瞬間、見張りの男の体が宙を舞い、三人はそれを受け止めるか避けるか驚くかで硬直し、被弾してしまう。その隙に残りの二人のうち一人の懐に入り、一撃を入れると腕を取ってもう一人の方へと投げつけた。  それは本当に刹那の出来事で、気付けば眼下には呻き声をあげる男たちが倒れ伏している。対人戦、しかも武器を持った相手と、あまりにも戦い慣れた動きだった。  男達の両腕を後ろに回し、懐から取り出した結束バンドで親指同士を拘束していく。それを全員分手際よく終えた三浦は、呆気にとられている湊の方に歩いてきて先に拘束を解いてくれたが、怒りのオーラは冷めやらぬ様子で、背後に夜叉を背負ったまま八重崎の前に立った。 「それで?店のスタッフまで巻き込んで何やってる」 「口実作り……」  要領を得ない返答への特大の溜め息を全く意に介さず、八重崎は「早く、解いてほしい」ともぞもぞ身じろぎする。 「黙れ。通信系統を全て不通にしていたのもお前の仕業だな。ご丁寧に、それらしい自動返信が来る機能まで仕込んで」 「囮としてノーガードになるにも……それくらいしないとできないやんごとない身分……」 「………………」  話すのが面倒になったらしく、三浦は八重崎を放置して再び、どうしていいかわからず佇んでいた湊の方を向く。夜叉は、一応消えたようだ。 「巻き込んで済まなかった。怪我はないか」 「はい、大丈夫です。助けていただいて、ありがとうございます」 「これにはよく言い聞かせておく」 「い、いえ、八重崎さんは俺のことを助けてくれようとしましたから、本当に平気です。えっと……お二人は、仲がいいんですね」  三浦はとても不本意そうな顔になった。 「一時の衝動で動物を拾うと苦労をするということの典型だ。脱走して他人に迷惑をかけ救出という手間をかけさせた挙句に後始末までさせる」 「は、はあ……動物……」 「トラブルは…日常を楽しくするスパイス…」  背後からボソッと聞こえた言葉に、三浦が口元を歪めた。 「黙れ」  …仲がいい、は違っただろうか?謎の言動の多い天才に付き合うのはなかなか大変そうだ。  とはいえ、こうして駆けつけて助けてくれているのだ。八重崎は、三浦にとって大事な人なのだろう。 「海河さんには俺から言っておくから、店に出るのは明日からにするといい。お前が狙われるようなことはないと思うが、……もし、何か不安になるようなことがあれば、いつでも連絡しろ」  海河というのは『SHAKE THE FAKE』の店長だ。差し出された三浦の名刺を受け取り、もう一度礼を言った。  そしてまだ拘束を解いてもらえていない八重崎の方へ向き直る。 「あの……八重崎さん」  うつくしい、だがガラスのような瞳が湊を見上げた。 「こちら側に来る覚悟がないのなら、全部忘れた方がいい……。選ぶ余地もなくこちら側で生きるしかなかった人間とは違う、桜峰湊には、……普通に生きていく選択肢がまだある」  さっきの男達の会話について聞こうとしたのを察したのか、牽制されてしまった。 「一時的に通信系統をいじったせいで、出向の情報を得ることができなくて巻き込んだのは、ごめん……なさい……。でも、話が聞けて……参考になった……」  相変わらず感情の起伏を感じ取れない口調だが、わかりにくいだけで、また本人もそれと意識していないだけで、八重崎も色々なことを感じている。  その色を僅かに読み取れるようになった事が、少しだけ嬉しい。 「俺も……八重崎さんと話ができて、よかったです。色々話していただいて、ありがとうございました」  その時、ここまで一度も動かなかった表情が、微かに微笑みを浮かべた…ような気がした。

ともだちにシェアしよう!