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第32話

 不意に、会話の途中で竜次郎の纏う気配が鋭くなったのがわかった。 「代貸」  近付く気配もなく襖の外から聞こえた声に、竜次郎は驚く様子を見せず応える。 「何だ」 「お食事の御用意をさせていただいても?」 「ああ、頼む」  それだけのやりとりで微かな気配が遠ざかっていって、極道というよりはお殿様と御庭番のようだと思う。  見計らったようにかけられた声が、本当に見計らっていたのだとしたら色々聞かれていたはずなので恥ずかしい。だがとりあえず竜次郎に動じた様子はないので、深く考えずにおこうと蓋をした。 「…だいがし?」  近くに寄せてもらったスーツケースから着替えを物色しつつ、引っかかった聞きなれない言葉に首を傾げると、竜次郎が説明してくれた。 「組長…うちじゃ貸元っつーんだが、その下の立場の奴のことだ。若頭ってのは聞いたことあるだろ。あれと似たようなもんだな」  一口に極道といっても色々な流派?があるようだ。 「じゃあ竜次郎はみんなをまとめる偉い人…なんだね」 「俺の場合は親父が跡目継がせたいから何となくこうなってるだけで別に偉いとかはねえよ。そもそも世襲の必要もねえんだが…」  極道の世界のことはまだ湊にはよくわからないが、病院からの道中だけでもあのヒロやマサが竜次郎という兄貴分へと憧憬を向けていたのはわかった。竜次郎は不相応だというような口振りだが、それなりに認められての立場なのではないかと思う。  ただ、今それを何も知らない湊が言ったところで説得力はないだろう。これはそのうち、竜次郎が迷ったり落ち込んだりしているときに話そうと思う。 「竜次郎、ご飯できるまでまだ時間あるかな?俺、体洗いたいんだけど……」 「拭くか」 「うん…でも先生が血が出てなければお風呂入ってもいいって言ってたから、シャワー、借りられたらお借りしたい…」  テープで固定してあるから大丈夫だということだ。清潔にしておくことの方が大事らしい。  切実な訴えを聞き入れた竜次郎に一階にある風呂場まで案内してもらった。…というより運ばれた。  降ろされた場所がごく普通のユニットバスなことになんとなくほっとする。  何でもあるものを好きに使えという大雑把な説明の後、竜次郎は脱衣所の鏡を覗いて軽く髪や襟元を整えた。 「俺はちょっと事務所の方に顔出してくるから、使い終わったらそこの台所に向かえ」 「……うん」 「何だ、不安か?すぐ戻るしお前になんかしてくるような奴はいねえから安心しろ」  心もとない顔をしていたのだろうか。気遣いにそうではないと首を振った。 「竜次郎、一緒に入るのかと思ってたからちょっと残念……」 「……お前な」  深いため息が聞こえて、湊は変なことを言ってしまっただろうかと小首を傾げた。

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