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第34話
「……美味しい」
自然とこぼれた言葉に、「よかったな」と竜次郎が苦笑した。
眼下に広がるのは写真におさめてSNSなどに投稿してもいいような和朝食だ。
朝というか既に昼食の時間帯だが、さっぱりとして軽いものが多いのは湊が一日ぶりの食事ということを考慮してのことだろう。点滴をしていたのでさほど空腹感を覚えてはいなかったが、出汁茶漬けの香りや中身が少しトロッとした卵焼きなどが五感から食欲を刺激して、いつになく意欲的に箸を握っている。
「日守さんは料理人か何か……?」
「俺もあいつの過去はよく知らねえが……できないことがあるとこは見たことねえな」
ますますオーナーの求める人材のような気がしてきた。
その日守は用意をするなりさっさと出て行ってしまった。量が多いので一緒に食べるのかと思ったが、今度は自分の主の分を作りに行くらしい。大変だ。
「食事は全部日守さんが作ってるの?」
「まあそういうこともあるが、一応料理担当の奴らがいる。……日守が作った方が当然美味いがあいつは他にもやることがあるからな」
「そうなんだ……大変なんだね」
「お前は料理しねえのか、一人暮らしなんだろ」
にやりと少しからかうような調子なのは、高校生の時はからきしだったからだろう。そう言う竜次郎だって料理なんて調理実習に参加したことすらないと言っていた。
「することもあるよ。『SILENT BLUE』の厨房の人に教えてもらって、自分で食べる分くらいは」
「あそこ料理なんか出んのか」
「実を言うと料理を目当てで通ってくる人もいるくらいなんだよね……」
本当か、と疑わしい目を向けられて頷く。もちろん竜次郎を担ごうという話ではなく真実だ。
注文されれば何でも作るというのがオーナー専属の料理人城咲 一 と、その弟子で『SILENT BLUE』の厨房に立つ男鹿島 一輝 のモットーで、何を作らせても本当に感動するほど美味しい。
「で、お前は何を作れるんだ?」
「そんなに凝ったものは作れないよ。唐揚げとか……」
言ってからしまったと思った。
唐揚げを練習したのは竜次郎が好きでよく食べていたからだ。
父の好物ばかり並べてじっと待っていた母の姿がフラッシュバックする。
真意に気付かれて重いとか思われたら……と不安になったが、「唐揚げいいじゃねえか」と竜次郎は何やら嬉しそうだ。
「今度作れ。ここで」
「いいけど……すごい人に教わったからって俺が作れば普通の唐揚げだよ?美味しすぎてヘヴンが見えたりしないよ?」
「お前が作ることに意味があるんだろうが。よし、絶対ェだぞ。忘れんなよ」
日守が作った方が絶対に美味しいだろうに、そんな風に言ってもらえるのは素直に嬉しい。
「わかった。他に食べたいものある?ちょっと練習しとく」
「あー……………………今一番食いたいのはお前だな」
思いつかなかったのかそんな一言に笑ってしまった。
「じゃあ、それはデザートで」
乗った湊に竜次郎も「馬鹿、メインディッシュだろ」と笑った。
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