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第103話
「あっ、兄貴!」
竜次郎と中尾、中尾の仲間に支えられた長崎と共に外に出ると、荒れた様子の境内には数台の車が止まっていた。
竜次郎の姿を見ると、マサとヒロ、他にも見知った顔が数人、喜びの表情を浮かべて近寄ってくる。
「代貸、無事ですか」
「おう、来てたんなら助けに来いよお前ら」
「あの黒神会の奴が邪魔だからここにいろって言うから…。それに兄貴なら殺されても死なないかなって」
どういう意味だそれは、と竜次郎にどつかれて、「痛いっすよ。褒めたのに何で殴るんすか」と涙目になっているヒロ。みんな楽しそうだ。
「緊張感のない奴らだな」
羨望の眼差しを向けていると、ぼそっと声が降ってきて、そちらへと振り向いた。
呆れたような顔の中尾に、先程のことを思い出し、慌てて頭を下げる。
「中尾さん、さっきは助けていただいてありがとうございました。あの後、八重……子ちゃんと会ったんですか?どうして……」
八重崎は、一体どんな魔法を使って中尾を竜次郎に協力するよう仕向けたのだろうか。
水戸の店に行った時は何も出来なかったので、その後八重崎が個人的に接触したのかと考えながら問いかけると、中尾は少々面食らった顔をした。
「何だ。あれはお前の差し金じゃなかったのか」
「?何のことですか……?」
「……あいつが、八重子連れてまた来いって言ってたぞ」
「水戸さんが?もちろん行きたいですけど、あの、八重子ちゃんは中尾さんに何を?」
「おい、八重子って誰だ?ってか何でお前らやけに親しげなんだよ」
答えがもらえずに食い下がっていると、二人が話しているのを見咎めた竜次郎が割り込んでくる。
面白くなさそうな竜次郎の様子を見た中尾は、ニヤリと唇の端を吊り上げた。
「……クッ、何だお前、こいつに何も話してねえのか?こりゃ面白え」
「は?何の話だ、おい、…湊?」
「じゃあな」
「あっ中尾さん……!」
中尾は言いたいことだけ言って、乗ってきたものらしき車に乗り込むとさっさと引き上げて行ってしまった。
「………………………」
「あ、あの……」
八重子のことをフォローすべきか悩んでいると、竜次郎は一つ息を吐いて雰囲気を和らげた。
「とりあえず……帰るか」
大きな手が頭を撫でる。
あたたかさに感傷的な気分になって、泣きそうになったのを必死で堪えながら頷いた。
エンジンが止まり、見知った場所に降り立つと、ほっとする。
長崎はもう一つの車に乗せられて、北条の医院へと運ばれたようだ。オーナーがああ言ったのだから、北条の元に連れて行けば、彼はきっと助かるのだろう。助かったら、長崎はどうするのだろうか。
……それを考えてしまうのは、自分にもまた決断の時が迫っているからだ。
「怖い思いさせちまって、悪かったな」
連れ立って玄関に入り靴を脱いでいると、竜次郎に突然謝られて、とんでもないと首を振る。
「竜次郎のせいじゃなくて、俺が、……」
あのビルで、迂闊に中尾を追って行ったせいだ。
そう言おうとしたが、「お前は何も悪くねえ」と苦笑した竜次郎に抱きしめられたことで、言葉は途切れた。
「何か、酷いこととかされてねえか」
また首を横に振った。
湊のせいであんな危険に晒されたのに、竜次郎はどうしてそんなに優しくしてくれるのだろう。
嬉しいのに、愛しさが膨らんでいくことが今の湊にはただ恐ろしい。
このあたたかい場所から、離れられなくなる。
「竜次郎、」
好きだと言いたくて、……言えずに縋り付いた。
「湊?……んなに熱烈にしがみつかれると、スイッチ入っちまうだろ」
いいよという言葉の代わりに、縋り付く手に力を込める。
お前な、といういつものぼやきが聞こえて、湊は寝室へと攫われた。
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