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第105話
腕を引かれ、寝室へと戻って来た。
敷かれたままの布団に座らせ、竜次郎は湊が泣き止んで口を開くまで辛抱強く待ってくれている。
頭を撫でる優しい手に促されるように、湊は出て行こうとした理由をぽつりぽつりと語り始めた。
長崎や金の言葉。自分のせいで竜次郎を危険に晒してしまったこと。
湊の存在が、竜次郎の足枷になっていることが、辛い。
自分の中でもまとまっていないそういったことを話して、言葉が途切れると、竜次郎にふっと顔を覗き込まれた。
「それだけじゃねえだろ」
「え?」
「お前が嘘を言ってるとは思わねえが、他にも何か気になってることがあるんじゃねえか」
「っ……」
竜次郎は、やはり聡い。
何故、今語ったことを、湊がそれほどまでに恐れるのか、それを話せとそう言うのだ。
両親の離婚にまつわる不安を、誰にも話したことはない。
考えすぎだ、幼稚な思い込みだと一蹴されてしまいそうで怯んだが、ちゃんと話せと真摯な瞳に見据えられて、逃げられなくなる。
湊は観念して両親の離婚の経緯を話した。
「……………なるほどな」
話し終えると、そう言ったきり竜次郎が黙ってしまったので、湊は不安な気持ちになる。
両親と、特に父と竜次郎が違うのは、湊にもきちんとわかっている。
不安なのはただひたすらに自分の重さなのであって、竜次郎を信用していないという意味で捉えられていたらどうしよう。
そのことは伝えておくべきかもしれないと、つい俯いてしまっていた顔をあげたが、竜次郎が口を開く方が先だった。
「あー、まあ、何だ。現時点でお前のその不安を払拭してやれる何かっつーのは思い付かないんだけどな」
「う……うん」
「確かに人の気持ちは変わるもんだし、永遠っつー言葉を無邪気に信じられるほどガキでもねえし」
「うん……」
力なく頷いた顔に手が伸びてきて、顎を掴まれ、視線を合わせられる。
苦笑いのような、しかし優しい眼差しがそこにはあった。
「とりあえず、俺がお前を嫌いになったりしねえってことは、一生かけて証明していくしかねえな」
「い……一生?」
「お前がヨボヨボのじいさんになって、今際の際に俺の言葉が本当だったって思えりゃいいんだろ」
「な、長いね」
そんなスケールで考えたことはなくて、思わず漏れたツッコミに、竜次郎がむっと眉を寄せた。
「お前はそんな短いつもりだったのかよ」
「俺は……竜次郎が俺のこと好きじゃなくなったときはどうしようって、そればっかり考えてたし……」
「…………………」
すっと細まった瞳に、慌ててフォローをする。
「あの、竜次郎の言葉を信じてなかったわけじゃないよ?俺が、竜次郎にずっと好きでいてもらう自信がなくて」
言葉の途中でぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられた。
「りゅ、竜次郎」
「お前のことを重いとか、役に立たねえとか思ったことは一度もねえぞ」
それは、竜次郎が優しい人だからだ。そう言い返すのがわかっているかのように、人差し指と親指で唇をつままれる。
「ま、その辺も含めて、一緒に考えようぜ」
「んんぅぅ……?(一緒に?)」
自分でしておいて、アヒルのような口の湊の顔がおかしかったのだろうか、竜次郎が笑う。
「人間関係ってのは、どっちかだけ頑張っても駄目なもんだろ。だから、一緒に考えるんだよ。お前の不安は俺も一緒に背負う。お前は俺といることで今回みたいなことがあるかもしれねえし、神導のところにいるよりずっと大変なことも多いかもしれない。迷惑かけるのは……まあ、お前に関することを迷惑に思ったことはねえんだが、とにかくお互い様だろ。どうすれば二人が幸せでいられるか、そういうのを二人で考えるのが、誰かと一緒になるってことなんじゃねえのか?」
結婚や、誰かと一緒に生きるという選択を、そんな風に考えたことはなかった。
それで、いいのだろうか。
竜次郎は、こんな自分でいいと言ってくれている。
「竜次郎は、……俺で、本当にいいの?」
全てを分かち合う相手に、湊を選んで本当にいいのだろうか。
「いいも何も、お前じゃなきゃ駄目なんだよ。俺がちょっとでもデキる任侠に見えてるんだとしたら、それはお前のお陰だ。お前がいるから、ちょっとはカッコつけなきゃいけねえって思えるんだからな」
優しく抱き締められて、一つずつ竜次郎の言葉を反芻する。
湊は、この場所にいていいのだ。
それをじわじわと実感して、ようやく、その背を抱き締め返すことを自分に赦せた。
「振られたってのに五年も引きずってたんだぞ。俺も十分重いだろ」
言っとくが、好きだっつったのは俺が先だからな。
謎の対抗意識を燃やす竜次郎に耳許で苦笑まじりに囁かれて、涙ぐんだ湊も唇を綻ばせた。
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