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第107話
竜次郎にたっぷりと愛された後。
流石に疲れて、そのまま眠ってしまいたかったが、どうしても体を洗いたいと主張すると、竜次郎は風呂に連れてきてくれた。
丁寧に丸洗いされて(一応、自分で洗えると遠慮はした)、二人で湯船に浸かっている。
「ふあ……きもちい……」
気の抜けた声に、背後の竜次郎が苦笑した。
「お前は風呂が好きだな」
「うん……お風呂は好きだけど、竜次郎と一緒に入れるからもっと嬉しい」
「……そう言われちまうとな。もう少しデカい湯船に改装するか」
確かに、湊の実家のバスタブよりは大きいが、成人男性が二人で入るサイズではない。お湯も大分溢れてしまった。
「屋敷の方にはでかいのがあるんだけどよ」
主である金の趣味なのかと思ったが、部屋住みの人達が生活しているかららしい。
今まで、義父のことなどもあって銭湯に行きたいと思ったことはなかったが、大きい風呂にみんなで入るのは楽しそうだ。
そんなことを考えていると、大きな手に頭を撫でられた。
「お前も広い方がいいか?」
「みんなで入るのもちょっと楽しそうだね」
「いや、他の奴が一緒っていう選択肢はないだろ」
「そうなの?」
「当たり前……おい、まさかあのクラブの奴らと裸の付き合いとかしてねえだろううな」
「『SILENT BLUE』で今までそういう企画が持ち上がったことはないかな」
「あのビル、最上階に大浴場とかありそうじゃねえか」
「最上階は店長と副店長がワンフロア使って住んでるけど……」
竜次郎の想像に笑ってしまいながら、内心、確かにオーナーは総大理石の広くて天井の高い大浴場を使っているイメージではあるなと考えていた。彼が住んでいる場所がどんなところか聞いたことはないが、もしかしたらそこにはあるかもしれない。
「あの、竜次郎」
「ん?」
「俺……迷惑かけた?」
オーナーの話で思い出した。長崎との一件、湊のせいで松平組の立場が危ういことになったりしていないだろうか。
湊自身にできることは少ないかもしれないが、オーナー経由で根回しすることくらいはできるかもしれない。
俯くと、頭の上に竜次郎の顎が乗った。
「お前は何も心配することなんてねえよ。何なら、お前がいたから理想的な結末になったといえなくもねえ」
頭上で喋られると、声だけでなく振動も伝わって何だか不思議な感じだ。
水中で無意味に弄んでいた両手を掬い取られ、ぎゅっと握り込まれる。
「そう……なの……?でも」
竜次郎は湊に対して優しすぎるため、真実に補正がかかっているのではないかと問い返すが、頭に乗った顎はグリグリと左右に動いた。
「本当のことだ。長崎の野郎もだが、その後ろの奴らも中々姿を現さなかったからな。あんな風に出てきてくれて、しかも動く気配のなかった黒神会も、……まあ、神導の奴は個人的にと言っちゃいたが、出張ってきて大活躍して下さった。お陰で損害ゼロ。めでたしめでたし、だ」
言い含めるようにゆっくりと語った竜次郎は、
「……まあ、お前を危険な目に遭わさず、うちだけの力で奴らを一掃できりゃそれが一番良かったけどよ」
と少し残念そうに付け足した。
湊があの廃寺についてから、竜次郎が来るまでそう時間はかからなかったと思う。オーナーと土岐川の戦闘力は人並外れているようだったし、竜次郎が血を流すようなことにならなくて湊としては本当にほっとした。
……それが、竜次郎にとってもいい結末だったのだとしたら、湊も少しは軽率な自分を赦せる。
握り込まれた指先で、竜次郎の指を握り返して。
「竜次郎、助けに来てくれて、ありがとう」
……ここでようやく、言えてなかった礼を言うことができた。
「あっ!そういや八重子って誰なんだよ」
そんな話をしていたら竜次郎もまたあの時のことを思い出したようだ。去り際の中尾の言葉が気になっていたらしく、語調には少し面白くなさそうな響きが滲む。
「八重子ちゃんは、俺の友達だよ。竜次郎にも少し話したことがあったと思うけど……」
竜次郎に隠し事をしたくはないが、オーナーの関係者である八重崎のことを話していいかどうかは本人に聞いてみないとわからないので、今は八重子で通しておくことにした。
「もしかして、あの生物学的には男って言ってた奴か。……中尾の関係者なのか」
意外な言葉が返ってきて、不思議に思い振り返る。
「え?違うよ。……あれ?竜次郎は俺と八重…子ちゃんが中尾さんに会いに行ったのを知らないの?」
「………………ああ?」
なんだそれは、と竜次郎は目を剥いた。
……どういうことだろう?
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