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第108話

「実はあの時、GPSはジャミングしておいたから、ガチ五郎にはムネハルのシマに行ったことはわからなかった……と、思う……」  クルクルとウィッグの髪を弄びながら、八重崎……八重子はあの時のことを何でもないことのように言った。 「はあ!?お前そんなことして何かあったら……っていうかその声、あの時電話かけてきたのもお前だな!?一体何者なんだよ」  湊も驚いたが、竜次郎はもっと驚いたようだ。  しかし、食ってかかられても八重崎はどこ吹く風。いつもの無表情のまま華奢すぎる両手でコーヒーカップを傾けている。 「八重子は……FXが日課のごく一般的で平々凡々な女子高生……」  為替の値動きを毎日チェックしている女子高生がごく一般的なのかどうか……。  そして本人を前にしてもガチ五郎なのかと、湊は一人脱力した。 「おい、てめえが来ることを許可した覚えはねえぞ、竜。人のシマで何しようってんだ」  青筋を立てた中尾がカウンターを叩くが、対角線上に座る竜次郎はすました顔だ。 「無粋な奴だな。俺は今日は代貸休業中なんだよ。オフだ」 「まあまあ、宗治。僕はお客さんが来てくれると嬉しいし」 「……………」  たたみかけるように水戸が宥めると、中尾は納得のいかない顔で押し黙った。  折角中尾がああ言ってくれたので、今日は八重崎を誘って水戸の店に来ている。  竜次郎もいるのは、湊が「一緒に行く?」と誘ってみたからだ。  誘っておいてなんだが立場上大丈夫なのかと聞くと、「それじゃ俺は松平組周辺以外どこにも行けないことになるだろ」と笑われて、それもそうかと納得した。  中尾はかなり嫌そうな顔をしているが、あの廃寺で協力もしていたし、この二人は実はそんなに仲は悪くないのではないかと思っている。 「もしかして、俺が長崎さんに連れていかれたことを竜次郎に教えてくれたのって、八重崎さんなんですか?」 「GPS……確認するように言っただけ……。スタッフに支給してる端末を第三者が開こうとしてるのがわかったから……」  長崎達は、あそこで湊の落としたスマホを拾ってしまったのが失敗だったようだ。  湊が八重崎とひそひそ話しをしていると、竜次郎と中尾も何やら少し離れた場所に移動してこちらを見ながらボソボソと(聞こえているのだが)内緒話をしていた。 「おい中尾、お前はあいつが何者か知ってんのか?」 「……そういうてめえは知ってんのかよ」 「生物学的には野郎ってこと以外は知らねえ」 「……野郎!?」 「……八重子……性別にはコンプレックスあるから……あんまり突っ込まれたくない……」  同じく聞こえていたらしい八重崎……八重子の一言に、裏社会を生きる男達はぐっと黙った。  そこで気を遣ってしまうところが、何気に二人とも優しいというか、これは八重崎の美貌のなせる技だろうか。  この容姿ならば真実味のある設定ではあるが、なんとなくわかる。これは口から出まかせを言っている時の顔だ。 「あー……、あの黒神会の神導って奴もやばそうだが、土岐川って奴は人外魔境すぎるだろ。動きが見えなかったぞ」 「あいつらは人ではない何かなんだよ」  不自然なほど唐突に二人の話題が変わった。 「黒神会の頭なんざ、別々の場所に同時に姿を現したりできるとかなんとか…」 「影武者か?下らねー噂話だとは思うが出来る限り関わりたくねえな…」 「いやあ、松平組の二代目とは犬猿の仲だと聞いていたけど、仲がよさそうでよかった」  カトラリーを磨きながら放たれた水戸ののんびりとした感想に、「「仲がいいわけねえだろ」」と二人の揃ったツッコミが入った。

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