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第109話

 本人の許可が取れたので、水戸の店を辞した後、迎えの車内で竜次郎には八重崎のことを話した。 「神導の身内!?あー……やっぱそうか……」  納得はしているが、とても嫌そうな顔だ。 「わかってた?」 「顔の系統が同じだからな。なんか関係あるのかとは思ってたが……いや、だがあれがあの八重崎か……?」 「竜次郎は、八重崎さんのことを知ってるの?」 「都市伝説レベルの噂でな……。まさかあんなガキみてえな奴だったとは……。ガチ五郎ってのもその仲間か?」  その人は、今俺の目の前にいる人だよ、竜次郎。 「竜次郎、あの時、中尾さんとはいつから協力してたの?」  正直、湊にも何故『ガチ五郎』になってしまったのかわからないので一から説明する自信がなく、話題を変えた。竜次郎は特に疑問に思った風もなく、答えてくれる。 「ああ、あの寺に行って顔合わせた時だ。中尾がどう出るかは賭けだったが、あいつは基本的に大所帯は好きじゃねえから、適当に利益になることをチラつかせりゃ一時的に共闘できるかと算段してたら、あいつの方から長崎と組むのはやめたつってきやがってな」  長崎が中国の組織に差し出そうとしていたのは水戸の喫茶店がある一帯で、その話の一部始終の録音のデータを八重崎が中尾に送りつけていたらしい。  どうやってそれらの情報を手に入れているのか、しかもそれを中尾の端末に送りつけるという技術。相変わらず八重崎は底知れない。 「そうなんだ……。でも、中尾さんは勝負の時よく狙った目を出せたね」 「いや、あいつは壺振りなんて本当にしたことなかっただろ。あれは素人の手つきだ」 「え?あれは二人が仕組んだことじゃなかったの?」 「真剣勝負にイカサマなんざしねえよ。親父にどやされる」 「でも、自信満々に丁って……」  絶対に何か仕組んでいたのだと思っていたのに。 「お前の名前が数字にすると三、七、十だろ。だから丁にした」 「……そ、そんな理由で?」  それだけの理由で、負けたら全てを失うかもしれない勝負に挑んで、あれだけ堂々としていられたというのか。  湊は驚きに目を瞠ったが、竜次郎は特別なことなどないと笑う。 「博打なんてそんなもんだ。確率とか運とか、そういうのも大事だが、流れっつーのがあるんだよ。それを掴んだ方が勝つ。そういうもんだ」  流石というかなんというか、これが博徒というものなのだろうか。 「お前がいてくれりゃ、誰にも負ける気がしねえな」  引き寄せられて、こめかみのあたりにキスをされて、長崎も相手が悪かったなと、本人が聞いたら怒りそうだが同情してしまった。  その長崎は、命に別状はなかったものの、数日すると北条の医院から姿を消してしまった。  長崎が何を考え、自分が元いた組を陥れようとしたのかは、今となっては本当のところを知ることはできないが、彼にもどこか、心落ち着く場所が見つかるといいと思う。  もしかしたら再びどこかの組織に属して、松平組と敵対するかもしれないのは少し恐ろしいが、それでも、そのことに長崎自身が納得しているのであれば、きっと松平組はいつでも受けて立つのだろう。  竜次郎は、あそこで『博徒らしく』勝負をつけることで、長崎にけじめをつけさせてやりたいと思ったのかもしれない。 「竜次郎は、やっぱりすごいよね」  心からの一言だったのだが、抽象的なのが引っかかったようだ。 「……それは褒めてるのか?すごいって何がだよ」  解せないというように眉を寄せた竜次郎に、一応運転してくれる人も車内いる手前、全部を話すのはどうかと思い、はぐらかす。 「えっと……高反発な大腿筋とか?」 「横になりたかったのか?昨夜は遅くなっちまったしな」  そういう、湊の適当な言葉をきちんと拾ってくれるところがすごいと思いつつ、別に眠くはなかったが促されるままバリカタの膝に頭を乗せた。  すかさず伸びてきた手が、頭を撫でてくれる。  竜次郎のそばにいられるのは、とても幸せだ。  飼い主の膝の上の猫のように目を細めた湊は、ここのところ考えていたことを話すいい機会だと、そっと口を開いた。 「あのね、もし、竜次郎がよければなんだけど……」

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