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第9話

「さっき話したけど、この家は俺が住むことになったんだ」  「ああ、敏明が一緒なんてとても嬉しい」 「いや、えーと。俺としては一人暮らしのつもりだから、困ると言うか」 「大丈夫だ。他の人に俺は見えない」 「あー、他人からどう見えるかという話じゃなくて」 「何か問題なのか?」  男は当然ここにいるものと思っている。  そうだよな、俺よりずっと長くここで暮らしてるんだから。 「えーと、あんたは名前はあるのか?」  さっきから呼びにくくて仕方ないのでそう訊ねた。 「敏明がつけただろ」 「俺がつけた?」 「ああ。初めて俺を見つけた時に名前を訊かれて「ない」と言ったらつけてくれた」  男があんまり嬉しそうに話すから、覚えていなくて申し訳ない気分になる。 「それいつの話?」 「敏明が五歳の時だ」 「ごめん。俺、なんてつけた?」  訊きにくかったが仕方ない。  男は誇らしく告げた。 「プテロダクティルス」  俺は今すぐタイムマシンで過去に戻って、五歳の俺にその名前はやめろと言ってやりたくなった。 「…そうだったか」 「ああ、覚えるのが大変だった」 「ごめんな」 「構わない。敏明が一番好きなものの名前をくれたんだろう?」  五歳の俺は能天気にも自分が一番好きな恐竜の名前をつけたらしい。プテロダクティルスはジュラ紀に生息した翼竜だ。  ミスマッチにもほどがある。 「覚えておけるか不安だったから自分で呼んでいた。嬉しくて、忘れないように毎日呼んでいたんだ」  そんなことを極上の笑顔で話すから、俺はうかつにも鼻の奥がつんとなる。  ここで俺を待ちながら誰も呼ばない名前を忘れないように、ひたすら自分で呼んでいる姿を想像したら、切なくて胸がいっぱいになってしまった。

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