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第4話 お疲れ様です

「ふー眠い」 初めて家族の元を離れて、初めての街で、初めて仕事をしたタァリは、初めて横になる今日会ったばかりのイリヤのベッドで瞼を閉じた。 宝石みたいにキラキラなお菓子を一つも食べずにお客さんに売るこの仕事は何て難しい仕事なんだろう。 トングでつかみ損ねたキャラメルタルトを床に落とし、手を滑らせて棚のパンに水をかけてしまったが、それ以外は何とか上手くできたはずだとタァリは思った。 「おい、夕飯はいらないのか?」 「あ、お疲れ様です」 「ああ。眠いなら一度寝てもいいぞ」 「ん…はい…」 店じまいを終え、先に上がったタァリの待つ自分の部屋に戻ってきたイリヤを待っていたのは、キングサイズのベッドに横になる小さな少年だった。 夕日が落ち、窓から入ってくる街頭の光がカーテンの動きに合わせてチカチカと揺れる。 立っているだけで何かをやらかすタァリと働いた今日一日は、他のどんな日とも比べ物にならないくらい疲れる一日だった。 それでも、身体の疲労とは対照的に、イリヤの心は満たされていた。 何かを落とすたびに大げさなほどに慌て、少し褒めると面白いほどに喜ぶこの少年を見ていると、単調な毎日に刺激的なスパイスが加えられたような気がした。 少しばかり自分も横になるかと、手前で横になるタァリに触れぬように離れてベッドの奥の方へと向かった。 この夏は夕方になっても温度が下がらず、空調がなければ息苦しいほどだ。 部屋についている空調機の使い方を知らないタァリの額は心ばかりか汗ばんでいる。 ベッドサイドの上に置かれたリモコンでスイッチを入れると、ピピっと機械音が部屋に響いた。 「あ、気持ちぃ」 頭上から吹いてくる涼しい風が、タァリのシャツの裾をめくる。 栗色の髪の毛が風に合わせて踊り、白いシーツの上に広がった。 シャツとズボンの隙間から見えた透き通るような色白の肌にイリヤの心が躍る。 ――まだ食べちゃだめだ 自分の部屋でこれから一緒に住むこととなった少年に手を出しても良いことはないぞと自分に言い聞かせたイリヤの横で、タァリは今日一日が冒険のようだったと思い返していた。 一人での生活に憧れ、大事なものだけをリュックに詰めて旅にでた。 大好きな家族のもとを離れるのは不安でしょうがなかったけど、どうしても行かないといけない気がして、これは運命なんだ!と出発した。 そんな中で、全財産が入っていた財布がなくなっていることに気づいた時には、このまま路頭に迷い、ゴミ箱を漁って生活しなくちゃいけないんだと悲しくなった。 冒険は始まったばかりなのに、終わりが来てしまった。 肩を落とし、前も見ずに歩んだ先に「店員募集」の看板を見つけたときは、これも運命だ!とタァリは飛び跳ねた。 山あり谷ありな一日だったけど、不安だったタァリを救ってくれたのは、自分より背が高くがっしりとしたイリヤだった。 イリヤの瞳は夏の青空のように綺麗で、店の窓から漏れる太陽の光に照らされると海のようにキラキラと輝いた。 いつかイリヤの絵を描かせてもらおうと心に決めるとタァリの意識は遠のいた。

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