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1話

 告白する機会をずっと探していた。  郁磨は、母親の仕事場――寒川(ふゆかわ)家によく連れてこられて、同い年の孝涼(たかすず)と年下の慶たちと、夏休みや冬休みや早帰りの時は一緒に宿題やゲームなどをしている仲だった。それこそ、兄弟同然に育てられてきたおかげで、金持ちのボンボンだとは知りもしなかった。  孝涼が地元の中学校に行かず、私立の中高一貫校に進学し、郁磨と慶は地元の中学校に進学しても、その関係は変わらなかった。宿題やテスト勉強を一緒にする仲だったし、特別な感情は抱いてなかった。  なのに、いつからだろうか。厄介で面倒で幸せな感情を持ってしまったと自覚したのは。  孝涼は、パソコンで何か作業をしている時間が長く、肩こりや首凝り持ちだ。作業している姿はもちろんのこと、彼を支えたくて、大学時代は、マッサージのバイトと飲食店のバイトを掛け持ちでしていた。  ネット記事で書かれていた「男は胃袋でつかめ!」というタイトルとちょっとした気遣いが効くと書籍か何かで書いてあり、孝涼を自分のものにするため、少しでも母親を助けるために、バイトを掛け持ちしていたのだ。  週に1回程度、1時間ほど彼に施術を施す。とは言っても、資格持ちではなく、アルバイトで培った技術なので、上手なのかどうかわからない。それでも「ラクになったよ」などと言われるのが嬉しくて仕方がなくて、理由があれば彼に触れられる。単純に、施術の感想が欲しかったし、それだけで救われている。  誰よりも彼を傍で支えてきたという自信は、十二分にある。殻に閉じこもっていた時も、1年ほど前から急に明るくなったときも傍にいた。他の誰かに傷付けられるなどしても、自分が癒しているという自己有用感が得られている。彼を元気づけているのは自分だって言える気がした。  気がかりなことと言えば、殻に閉じこもる前に、告白したものの軽くあしらわれてしまったことだ。友人や兄弟としか見られない。そんな理由なんて、これから行動していけばきっと変わるものだと信じていた。  だが、明るくなった理由が高原拓海(たかはらたくみ)だとわかった時、胸の中がもやもやとして、意地悪いことばかり考えて、彼に意地悪なことを言ったり、行動をしたりと自分がどんどん嫌な奴に変わっていく。  焦りと不安。なんでいつも自分は孝涼に選ばれないのだろう。 「孝涼は、俺と寝るほうがいいんだよね。俺のほうが、マッサージが得意だし、寝心地もいいしね」  つい口から出てしまった幼稚な嘘。動揺した拓海の顔に、ほくそ笑んだ。好きなくせに、取られるのは嫌だって何様のつもりだ、って。まだ、彼のものになってないなら、自分にだってもう一回チャンスはあるはずだ。 「孝涼さん、本当ですか? オレよりも孝涼さんを知っている郁磨さんのほうがいいんじゃないんですか。もう帰ります。これからは、郁磨さんに頼んでください」 「待てよ、高原」  慌てて拓海を追いかけるものの、彼は車に乗り、どこかに行ってしまったようだ。当たり前だ。 「郁磨、ちょっと俺の自室に来い」  氷のように冷たい視線と声が、割れたガラスの破片のように身体中に突き刺さった。お前なんか恋愛対象として見ていないと言われているようだった。  扉を閉めると、開口一番、 「高原に、なんであんなこと言ったんだ」 「好きだったんだよ、孝涼のことがずっと、ずっと」 「ごめんな。俺は高原が好きなんだ。郁磨は、友人として兄弟として好きなんだ。その好きの違いをわかってほしい」  さあっと風が吹くように、すべての景色がモノクロと化した感覚がする。無乾燥で、何も感じない。痛みを受け入れられない。痛みを感じられない。 「わかれって言われても、」  やっぱりそうだったのかとどこか客観視している自分がいる。お前がいくらあがいても、孝涼は手に入れられないと嘲笑(わら)っている。 「ごめんな、本当に」 「わかってる。こっちこそごめん。振り回して。頑張れよ」 「ありがとう。これで、高原も自分の気持ちに気付いてくれたみたいだから、手に入れるさ」  ポジションは、当て馬か。まあ、バカな自分にふさわしい立ち位置だ。孝涼ならきっと両思いになれるはず。だって、2人のあの反応は自分と同じだった。あとは、事後報告を待つだけだ。  かさぶたを無理やりはがし、血が流れていてもきっと、表面上は上手く取り繕えるはず。そう思っていた。

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