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「スタート」
「あの子大丈夫なの?」
カウンターに座っていても横目に見えるテーブル席。そこには真剣な恋愛より食い散らかすことが目的の長谷部と、新顔の若者が座っていた。
「大丈夫って?」
「若そうだけど。まさか高校生じゃないよね」
マスターは俺の顔からテーブル席に視線を移した。『あ、あの子ね』そんな声が聞こえてきそうなマスターの表情。
「確認したよ。免許証が本物ならだけど。今年で20歳になる19歳。ギリギリOKかなって」
「ギリギリでもダメでしょ」
「まあ、そうなんだけど。思い詰めているような様子が気になってね」
「思い詰めている?」
さりげなさを装いテーブル席を盗み見る。テーブルの上に置かれた二人の手は恋人繋ぎのようにしっかり握られていた。しかし若者が浮かべている表情は乗り気とは言えない曖昧なものだ。
「長谷部に喰われそうだよ。マスターがレスキューしたほうがいいんじゃない?」
マスターはテーブル席を眺めたあと静かに言った。
「石崎君はひどい目にあうことをあえて選択したことはない?」
「自分から?そんな選択しないでしょ」
「ボロ雑巾のようにズタズタになっても心変わりできない。だから自分を認めるしかないって」
「あの子が言ったの?」
マスターはグラスを拭く作業を始めた。グラスの中にクロスを入れ全体を覆い器用に磨き上げる。指紋ひとつないグラスが並び、ダウンライトを浴びて透明な光を灯した。
「話しはしていないよ。でもわかるんだ。皆が通る道じゃないかな。形や方法、程度の差はあるだろうけど」
マスターの意味深な言葉に耳を傾けながら、俺は何も言えなかった。あの若者は何かを抱えている、そしてマスターの言葉を借りるならボロ雑巾になろうとしているらしい。
何れにしても若者が何かを得ることができるといいのに。そんなことを考えながらグラスに手を伸ばした。
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