3 / 6

「スタート」 2

「最近高見君みないね」  よくカウンターで飲んでいた物静かな常連。彼はマスターを相手にポツポツ話をし、深酒しない程度に酔って帰っていく。時々話をしたが穏やかな男だ。長谷部が苦手らしく、その点は俺も同じだったのでちょっとした仲間意識がある(マスターに言わせると長谷部は悪い人間ではないってことだけど) 「高見君?俺がキューピットしちゃったから」 「え?マスターが?」 「俺は名刺を預かって渡しただけなんだけど」 「へえ。高見君はラブラブか」 「石崎君は?」  曖昧にすることも嘘をつくこともできた。でもマスターに嘘をつくのは嫌だったから正直に言う。 「別れたよ。長男気質のお節介にウンザリだって言われてね」 「……そう」 「あぶなっかしい奴を見るとほっておけなくて。最初はうまくいく。でもだんだん俺のことがウザったくなるみたい。アンタは父親か!って言われたこと一度や二度じゃないし」 「あぶなっかしいから口もだしたくなる。反抗と窘めの悪循環ってわけか」 「あははは。さすがマスターそのとおり」 「マスター、ビールちょうだい」  カウンターに来たのは長谷部だ。 「タカミーの次はイシピーか。マスターに甘える男が順番待ちしてるってか?」 「穏やかに飲んでいるだけだよ。長谷部が一人なんて珍しいこともあるもんだな」  だいたいテーブル席で新顔を口説いているのが長谷部だ。平日のせいか今日は客が少ない。 「新モノも考えものだなって。こないだのヤツがさ、超冷凍マグロで下手くそなくせに続けてくれって懇願されて。ヤバい奴拾って大失敗。番号交換してなくてよかったよ。お望み通りそれなりにヤリ倒して眠ったところで退散してきた」 「お前……最低だな」 「最低?望んだのはあっちだぞ。ホテル代はこっちが払ったし俺に非はないぜ?」  マスターが無言で長谷部にビールを渡した。 「イシピー、言っておくけど俺は合意じゃないと寝ない。自分の基準で最低とか言うな」  長谷部は定位置のテーブル席に向かった。マスターがため息をつく。 「マスターの言うようにボロ雑巾にされたみたいだね」 「あれ以来ここに来ていないんだ。別の店で同じことしていないといいけど」  自分を安売りして得られるものって何だ?俺は若者にそう聞きたかった。

ともだちにシェアしよう!