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第3話

 目を覚まして飛び込んできたのは、真っ白いカーテンと見知らぬ天井。かすか薬品のような匂いがする。糊で角が尖った清潔なベッドの中に僕はいた。 「ここ、どこだろう」  身を起こすと、同じような白いベッドが隣に並んでいる。どこかの保健室だろうか。ということは学校? まわりに人はいない。僕は初めての空間に緊張して周りを見回した。  ふと、立てかけられた鏡に目が止まった。  色素の薄い肌と癖っ毛の細い髪の少年がこちらを見ている。吸血鬼特有の尖った耳や長い牙は魔力によって封じていた。それが解けていないことに安堵する。 (いつになったら元の身体に戻れるんだろう……)  ベッドに座る僕はどう見ても小学生だ。鏡を見るたびに、早く生気を手に入れなければと焦る気持ちになる。  ノックの音とともに擦りガラスになった扉に人影が現れた。返事をする間もなく扉が開かれた。 「起きたか」  入ってきたのは意識を失う前に僕を気遣ってくれた少年だった。  彼の手元には食事を乗せたトレイがあった。お椀の中でたまごスープから出汁のいい香りがする。  少年はそのトレイをベッドの脇のテーブルに置いた。そしてお箸を差し出してくれる。 「ほら、給食」 「給食?」 「今すぐ食べたいって言ってただろ」 「あっ!」  その瞬間、僕は倒れる瞬間に口にした言葉を思い出して赤面した。本当は彼に対して言ったんだけど、誤解してくれたみたいでよかった。  僕はお箸を受け取りながら、改めてトレイの中の給食を見た。スープにお魚とパン。バランスの取れたおいしそうな料理だ。  僕は自分の通う定時制高校には一限目の前に給食があることを思い出した。  やっぱりここは学校みたい。 「もしかして、君が僕を運んでくれたの?」  ベッド脇に立つ少年を見上げると、彼は頷いた。 「ああ、同じ学校の生徒だってわかったから」 「どうして? まだ入学式しか一緒になったことないのに」 「お前、子供みたいで目立ってたから」  子供みたいという言葉が棘になって僕の胸に刺さる。  確かに僕の体は縮んでいるけど、気にしていることをこんなズバッと言われてしまうなんて。どうやら彼はけっこう遠慮のない性格みたい。 「そ、そっか。本当はもうちょっと大きいんだけどね」 「はは、なんだそれ。……ま、これから成長期来るかもな」 (あ、笑った……)  くしゃりと笑う彼に僕は思わず見とれてしまった。少し近寄りがたい雰囲気を纏っていた彼だが、笑うと年相応の少年に見えた。 「藤村あずま」 「え?」  唐突に言われた名前が何かわからず思わず聞き返す。少年は自分の胸に指差した。 「俺の名前。お前は?」 「ぼ、僕は山田りあむ」 「ふぅん、じゃあ、りあむだな」 「うん」  名前を呼ばれただけなのに、なぜだか胸がドキドキして落ち着かない。  この気持ちがなんなのか考えていると、無機質なチャイムが鳴った。 「じゃあ、俺、教室戻るから。先生には言っとくからゆっくり食べろよ」 「わかった。ありがとう」  彼が去ったあとも胸の鼓動は高鳴ったままだった。お腹が空いていたはずなのに、目の前の食事に手を伸ばすのを忘れるぐらい、立ち去った彼が頭から離れない。 (あずま君か。優しい人だな。あの人なら血を分けてくれるかも。……いや、違うな)  僕はちぎったパンを口に入れ、浮かんだ考えに違和感を感じて呟いた。 「僕、あずま君が欲しいな」

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