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第5話

 授業が終わるチャイムが鳴ると、すぐさま立ち上がってあずま君の席に手をついた。 「ねえ、あずま君、W.O.P.好きなの?」 「ああ、妹が好きなんだ」 (チャンス! サインを餌に家に来てもらえるかも!)  内心のガッツポーズしながら、そっとあずま君の耳元で囁いた。 「うちに取りに来てくれたらサインあげてもいいよ」 「いいのか、そんな大事なもの」 「うん、僕を助けてくれたお礼」  僕は満面の笑顔で頷いた。彼はまだ信じられないという表情だったけど、そこに喜びが滲んでいる。ママには悪いが生気の取得は僕の死活問題だ。 「シンかノブ、どっちのサインもらったんだ」  しまった。W.O.P.は二人組だ。  あずま君の妹がどっちが好きか確認するのを忘れて話を進めてしまった。 (僕の店に来てくれたのは、シンなんだけど)  ここは二分の一の確率に賭けるしかない。 「シンだよ」 「ああ、そっか」  今まで輝いていた彼の顔が明らかに曇って、僕はその賭けを外したことを実感した。 「妹が好きなのはノブなんだ。せっかくの申し出悪いけど……」 「あ、でもノブも来るって言ってたよ! サインもくれるって!」  話の雲行きが怪しくなるのを察した僕はとっさに彼の言葉を遮った。  あずま君が意外そうに目を見開いて口を閉じたのを見てほっとする。もちろん、ノブが来るなんて嘘だけど、生気のためなら、僕はどんな悪人にだってなる。 「今夜来るって。直接会ってサインほしいって言ったらくれるかも?」 「マジか。じゃあ、妹を連れていって……」 「ダメー!」  両手をクロスさせて断固拒否する。妹なんて来てもらっても邪魔でしかない。  だけどこんな風に拒絶されれば、当然疑問が湧く。彼は不思議そうに眉を寄せた。 「なんで妹はダメなんだ?」 「えーと、ほら、ノブって大のDK(男子高校生)好きだから、女の子がいたら怒って帰っちゃうよ!」 「そうなのか?」 「そう!」 (ごめん、ノブ)  会ったこともない、そして会う予定もない芸能人をワガママな変態に仕立て上げたことを心の中で謝罪する。  しかしよっぽど妹に見せてあげたいのかあずま君は食い下がってくる。 「じゃあせめて遠くからでも……」 「僕のレストラン、女人禁制だから!」 「嘘つくなよ。お前のレストランに母親もいるだろ」 「僕のママ、男なの!」 「えっ……」 「男なの!」  もはや嘘に嘘を重ねる泥沼状態である。そしてもう引き返せない。僕は吸血鬼になり永遠の若さを手に入れたママの顔を思い出した。 (ごめん、ママ) 「そ、そう……なのか?」  あずま君は戸惑いながらも、真偽を探る目を向けてくる。僕はその問いに頷くしかなかった。彼は目をきょろきょろとさせて辺りを窺う。ざわつく教室の中、僕らの奇妙な会話を聞いている者は幸いにもいなかった。彼は声を潜めて言いにくそうな疑問を口にした。   「素朴な疑問なんだけど、お前、どうやって生まれたの……?」 「さ……、最近、変わったから」  言った瞬間に後悔したが、一度飛び出した言葉はもう引っ込められない。あまりに雑な嘘を僕は全力の演技力で誤魔化すしかない。  恐ろしいほど僕は真剣な眼差しで彼に言う。  この瞬間、僕は俳優になった。 「ママの性別、最近変わったの」  訪れる沈黙が僕の緊張感を一層高めた。信じるか否か。そこに、この半年もの間、飢えていた渇きを潤せるかどうかがかかっている。  やがて、あずま君は口を開いた。 「お前っていろんなもの抱えて生きていそうだよな」  なんだか腫れ物を扱うような目。それはまさしく僕の言葉を信じた証だった。  彼は僕の肩を軽く叩いた。 「相談とかいつでも乗るから」 「あずま君、ありがとう!」  勝った。僕はこの戦いに勝ったんだ!  叫びたくなるほどの嬉しさを感謝に込めて、彼の手を握る。その柔らかな手に牙を立てたくなったが、がまんがまん。  僕は自分の席に戻るとスマホからこっそりメッセージを送った。 『パパ、捕まえたよ。お席用意して』

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