4 / 6
第4話
「颯太くーん……あれ?」
ある日曜の昼、ノックとほぼ同時にドアが開いて、開けた密さんの方が不思議な声を上げる。今日は少し汗ばむ陽気だからか、いつもより薄手で袖が揺らぐ形のシャツが目に毒だ。
そんな悪い思考を断ち切るように玄関に急ぐと、密さんは覗き込むようにして鍵の部分を確認していた。
「鍵ちゃんとかけないとダメだよ、颯太くん」
「あ、そうだった。家にいる時に鍵かける癖がなくて」
「もー、せっかくホラー映画っぽくガチャガチャしてやろうと思ったのに開いちゃダメじゃん」
言われて気づく。実家はそれなりに田舎で、誰かが家にいる時に鍵をかけるという習慣がなかったんだ。さすがに全員で外出する時はちゃんと戸締りをしたけれど、家にいる時にわざわざ閉めたりしない。その癖が一人暮らしを始めてもなかなか直らないんだ。でもまあ、今のところ家を訪ねてくるのは勧誘か密さんくらいのものだし、泥棒に入られたところで盗るものなんかほとんどないからそれほど重要視はしていない。密さんが注意する理由もそんなお遊びに基づくものなら、重大なミスではないんだろうし。
「また醤油ですか? それとも味噌?」
「違う違う」
またなにか料理途中だろうかと構える俺に、密さんは笑って手にしていた鍋を掲げて見せた。
「そういえば引っ越しそばまだ食べてなかったなーって思って。一緒にいかが?」
大きな鍋の中には乾麺そばが入っている。スーパーに売っているようなものではなく、どこかのお土産のようなちゃんとしたそばだ。その他にもめんつゆとか器とか、一通りのものが鍋の中に放り込まれている。
「引っ越しそばってそういうものでしたっけ?」
とりあえず断る理由なんてなかったから、密さんを中に通しながら聞いてみたけど笑って流された。どうやら暑いからそばが食べたくなったことへの後付けの理由らしい。
「一人で食べるのも味気ないからさ」
なんて鍋の中から取り出したものを狭いキッチンに並べつつ、その途中に髪が邪魔だったのか手慣れた様子で結び上げるのを見てぎょっとしてしまった。
まさかのポニーテール! 女の人がやるみたいに垂れ下がるほどに長くはないけれど、その分うなじと後れ毛が遠慮なく晒されていて心臓と、もう少し下がどきんと高まった。
今まで浴衣にうなじがいいという意見がよくわからなかったけれど、今ものすごく理解してしまった。これはとてつもなくエロい。
しかもその瞬間ふわりと香ったのはたぶんシャンプーかボディソープの匂い。
反射的にくんっと嗅いでしまって、その行為の危なさに一人で慌てる。
「お、俺にできること、なんかありますか」
「ううん。待っててくれたらいいよ。適当にちゃちゃっと茹でちゃうから」
誤魔化すように声をかけたけれど、後ろを向いていた密さんは俺の様子には気づかず、手際よく用意を始めた。
だから俺は邪魔にならないように大人しく座って待とうと思ったけれど、大人しくというのは少々無理な相談だった。
料理をしている密さんの後姿を眺めるのに忙しい。
適当と言ったわりにはちゃんと時間を計っているらしく、スリムなデニムのせいですらりと伸びた足がタイマーに合わせてリズムを踏んでいるのが可愛い。それとは対照的に大きめのシャツが動くたびにひらりと揺れるのも、緩い首元のおかげでよく見えるうなじと小さく揺れる髪の先もひたすらにエッチで。
あくまでチラ見の範囲で必死に脳内の記憶回路に焼き付けた。さすがに写真や動画を撮り始めたらまずいという意識はある。辛うじて、だけど。
そんな風にしていたから、そばが茹で上がるまではあっという間だった。
冷たい水でしめたそばを器に盛って、へいお待ち、なんて持ってきてくれる密さんに癒されてから向かい合っての食事タイム。テーブルが小さいせいで、必然的に距離が近づく。
いただきますと手を合わせ、とりあえず一口啜ったら思った以上のうまさで箸が止まらなくなる。そばって、ちゃんとしたものをちゃんと茹でるとこんなに違うのか。
「ふふふ、いい食いっぷりだなー。……それにしても今日暑いね。火使ったからかな」
そんな俺を微笑まし気に見る密さんの首筋を、つっと伝った汗に、一瞬でイケナイ妄想が頭の中を駆け巡って、危うく箸を取り落としそうになった。その髪型のせいか、今日の俺は理性が緩くてまずい。
おかしいな。童貞でもないのにまるっきりそのものの反応じゃないか。人並みに性欲はあると言えど、ここまで危なっかしい自覚はなかったんだけど。
ともだちにシェアしよう!