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 二人のやり取りは長く続いた。  最初にメモを見つけた時はまだ九月の半ばだったが、季節は冬になっていた。クリスマスが近づいたある日、Xからメッセージが来た。手に取るといつものメモ用紙の上部が破れていて違和感を覚えた。慌てて破ったのだと分かり、字を見るといつもの綺麗な文字が乱れていた。 『俺の母親が例の地下街のガス爆発事故に巻き込まれた。しばらくの間、返事ができないかもしれない。Kの知り合いに被害者はいなかったか?』  薫は一瞬、なんの事か分からなかった。  近隣でそんな事件は起こっていない。スマホやTVのニュースを見ても事件の報道はされていなかった。  ある事を思い出す。  考えて、息が止まった。  薫が小学校五年生の頃、親戚の叔母さんがガス爆発事故に巻き込まれて全身大火傷の傷を負った。その時、叔母は街の中心部にある地下街のトンカツ屋で働いていた。今から六年前の事だ。  Xの言っている事故とは、この事故の事だろうか。  だとしたら時期が合わない。六年間の時間のずれがある。けれど、Xが冗談を言っているようには思えなかった。  薫は勇気を振り絞って尋ねる事にした。これが最後になってしまっても仕方がないと覚悟を決めた。 『君の名前を教えて』 『二年七組 樋口重人』  やっぱり……。  薫は二年七組だった。同じクラスに樋口という名字の男子生徒はいなかった。  薫は図書館の保管庫へ向かい、過去の卒業アルバムを探してみた。  今から五年前のアルバムを開いてみると、確かに樋口重人という生徒がいた。短髪に意志の強そうな眉、切れ長の奥二重。鼻筋は真っすぐで口元に品があった。イメージ通りの好青年でカメラに向かってわずかに微笑んでいる。けれど、その個人写真を見て不自然なものを感じた。  他の生徒の写真は写真館で撮影したような背景のあるものだったが、彼の写真だけ小さなデータを切り取って拡大したような荒さと不明瞭さがあった。  ――おかしい。  一年生から順に集合写真を眺めた。一年と二年には本人がちゃんと写っている。けれど、三年生の集合写真には姿が見えなかった。  図書室のカウンターでライトを照らしながら凝視していると背後に人の気配を感じた。振り向くと教師の福島が立っていた。 「誰だ、こんな所にアルバムを置いた奴は……」  福島はアルバムを覗き込みながら溜息をついている。パラパラと捲って手を止めた。 「ああ、懐かしいな。樋口か……。真面目でいい生徒だったな。図書委員長で書庫室の整理も率先してやってくれたんだよな」  薫が樋口の事を尋ねようとすると、カウンターの下で作業をしていた女子生徒が顔を上げた。福島の傍に立つ。 「委員長ってどの生徒の事ですか? ――わ、カッコいい。先生が担任する生徒だったんですか?」 「ああ」 「今は何を? ええと、五年前だから……もう社会人ですよね」 「……亡くなったんだ」 「え?」 「母親が病気かなんかで長く入院してたんだが、その見舞いに行く途中に自転車の事故でな。高二の冬だったな」 「……可哀相。若いのに」 「その事故がきっかけでうちの学校は自転車通学が禁止になったんだ」 「そうだったんですね」  かつて校舎の横にあった駐輪場が花壇とテニスコートに変わっていたのは知っていたが、そんな経緯は知らなかった。  耳鳴りがする。時間がないと思った。彼を死なせるわけにはいかない。  知らせなきゃと思った。  彼に、樋口に、この事を知らせなくては――。  薫は慌ててメモ用紙を取り出すと、そこにメッセージを書き記した。 『自転車には乗らないで。理由は言えないけど自転車には乗らないで。もし先生になったらこの学校に戻って来て。どうかお願いします。僕は図書館にいる』  この未来を信じていいのかどうか分からない。どうなるのかも分からない。ただ、メッセージが彼に届くように神に祈った。  大切な事は全部、彼が教えてくれた。  薫はこれから何があっても自分の人生を生きようと思った。  前を向いて歩いていこうと思った。  それが二人の出会った意味だと薫は思った。

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